2024年12月、恒例の「三省堂辞書を編む人が選ぶ『今年の新語』」選考発表会と「国語辞典ナイト」のコラボ開催がありました。運動部記者から同年春に校閲センターへ異動してきた“新人校閲記者”は元々辞書好き。初参加を大いに楽しみながらリポート記事を書きました。
「三省堂 辞書を編む人が選ぶ『今年の新語2024』」発表会が2024年12月3日、東京・渋谷で開かれました。辞書ファンが集うイベント「国語辞典ナイト」とのコラボで開かれ、前半で「今年の新語」を発表し、後半の国語辞典ナイトでメンバーたちが突っ込みを入れるという流れです。まずは「今年の新語」の方をリポートします。
【滝沢一誠】
「今年の新語」は多くの辞書を出版する三省堂の主催で、この1年間でよく耳にした言葉を公募し、三省堂の国語辞典の編集担当者が「大賞」以下ベスト10を発表する企画です。「ユーキャン新語・流行語大賞」とは異なり、日本語として、今後国語辞典に載せてもおかしくないと考えられる言葉が選ばれます。今回の応募総数は1813通。重複を除いて958語が集まりました。
この選考発表会に、4月から校閲センターに入ったばかりの筆者が先輩方に誘われて参加しました。以前から「今年の新語」はネット記事などで毎年チェックしていましたが、実際の発表の場に足を運ぶのは初めてです。
目次
10年目も“大荒れ”
選考発表会では明治大教授で「三省堂現代新国語辞典」編集委員の小野正弘さん、「三省堂国語辞典」編集委員の飯間浩明さん、三省堂辞書出版部部長で「大辞林」編集長の山本康一さんの選考委員3人が登壇。ゲストとして校正者の牟田都子さんが登場し、司会のエッセイスト・古賀及子さんも交え、10位から発表されていきました。選ばれた語について選考委員が担当の辞書に載せることを想定して考えた語釈の発表も見どころです(山本さんは「新明解国語辞典」も担当)。
「今年の新語」は2015年の第1回から数えて10回目です。発表前には、元乃木坂46の俳優・鈴木絢音さんからのビデオメッセージ、山本さんが出演したこともある老舗書店の公式YouTubeチャンネル「有隣堂しか知らない世界」のMC・R.B.ブッコローさんからのビデオメッセージで盛り上がります。
選考は毎年難しいようですが、今年も「大荒れ」(飯間さん)だったそうです。
その結果は以下のようになりました。
大賞 言語化
2位 横転
3位 インプレ
4位 しごでき
5位 スキマバイト
6位 メロい
7位 公益通報
8位 PFAS
9位 インティマシーコーディネーター
10位 顔ない選外(ベスト10入りしなかったものの、記録にとどめたい言葉)
界隈(かいわい)、裏金、アニマルウェルフェア
大賞に納得と戸惑い
大賞の「言語化」が発表されると、会場から拍手が上がりつつ、それとなく「え、今年?」というような戸惑いも起こりました。確かに最近になって広まった言葉ですが、「今年」というよりもその前から、SNS(ネット交流サービス)だけでなく職場やプライベートなど幅広い場面で使われているからです。
「今年の新語」は既に辞書に掲載されていれば原則として対象外になります。校閲センターの先輩によると、「界隈」は比較的新しい意味「ある分野(の人たち)」(三省堂国語辞典8版)で既に載っているということから「選外」になったと思われるとのこと。しかし、「風呂キャンセル界隈」(風呂に入ることを面倒に感じてやめる人々を指し、ある分野の仲間とは言えない使い方)といった更に新しい意味を取り上げれば「今年の新語」に入ってもおかしくなかった――と先輩は説明しました。
「言語化」については、同じ「○○化」という言葉でも「国際化」や「一般化」は各辞書に載っているのに対して、「言語化」は現時点で主要な辞書には載っていません。
飯間さんは「昔からあることはあるんですが、使い方が学術的。『概念を言語化する』とか、『心理的な要素を言語化する』みたいな感じですね」と、従来は評論や論文を中心に使われたと解説します。
飯間さんによると、全国紙の4紙(毎日、朝日、産経、読売)のデータベースで「言語化」を検索すると、以前は1年間に数件ほどしか表れなかったのが10年代に入ると増えていき、20年代は1年間に200件以上使われる年が多くなってきたとのこと。
毎日新聞の過去記事のデータベース(東京本社版、地域版を除く)で後日調べたところ、1990~2000年代は計115件。書評や文学、文化に関する記事がほとんどでしたが、10年代は176件、20~24年は5年間で164件と急増していました。24年だけでも約50件がヒットし、内容も社会問題を扱った記事やインタビュー記事など多岐にわたるようになりました。
「普通の言葉になっていて、学生が授業の時に言語化を使って感想を書いていた」(小野さん)
「話題になっている新書、三宅香帆さんの『「好き」を言語化する技術』も、推しへの思いをどう言語化するのかという、まさにそういう言語化ですよね、今言われているのは」(山本さん)
以前は学術的な分野を中心に使われていた「言語化」でしたが、SNSの普及や「推し活」文化の広まりと共に、多くの人が「言語化」する空間と機会をもつようになりました。自己啓発として自分が考えていることを言語化することも重要視されるようになり、今や誰もが「言語化」する時代になったといっても過言ではないと思います。
筆者も短い期間ながら新聞記事の執筆や校閲作業を経験してきて、「取材した出来事をうまく文字にできない……」「原稿の表現を変えたいけど、しっくりくる語句が出てこない……」と、何度も「言語化」に苦しんできました。
牟田さんが「求められていたということですね。みんなこれをどう言えばいいのか分からなかったところに、昔からあった『言語化』というのを誰かが見つけて、これだ!って思ったんじゃないか」と指摘していたとおり、確かに言葉自体は“今年の”新語では必ずしもないかもしれないものの、言語化という概念はSNSが良くも悪くも定着してきた「今年」(現代)に求められていた言葉だなと思いました。
最近になって言語化という言葉が増えてきたのが気になっていたところに、今回の大賞で言語化を言語化していただいた印象を抱きました。
「横転」で会場が横転
23年は大賞の「地球沸騰化」を筆頭として全体的に硬派な言葉が並びましたが、今回のベスト10は「公益通報」といった時事用語から「インプレ」などのSNSで広まった言葉まで、幅広く選ばれました。
最近話題になっている「PFAS」は、百科事典的な性格も持つ大辞林が詳細に説明。前半の夢と希望にあふれた要素と、後半の文言が対比になっています。
2位の「横転」は社会全体として広まっているとはいえず、筆者を含めて会場が横転してしまいました。とはいえ、X(ツイッター)では頻繁に見かけるようになり、「草」(笑ってしまうこと)のようにこれから定着するかもしれません。
今回は「顔ない」や「しごでき(仕事+できる)」など、既にある言葉の変形だったり組み合わされたりした新語がランクインしました。
SNSから次々と新語が生まれる時代に、新しい言葉がどのような過程で生まれて広まったか。
言葉の変化を言語化するために、11年目からの「今年の新語」も注目していきたいと思いました。
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