校閲記者は、辞書やスクラップ帳など、部員それぞれが使いやすい道具を携え、校閲作業に当たっている。まず全員が必携の、校閲記者のバイブル「赤本」。用字用語や毎日新聞製作のよりどころを示してあり、我々にとっては命の次に大事だ(と思う)。同じく、原稿の誤りを記す「赤ペン」も必須だ。ある先輩は、腰ベルトやズボンのポケット、胸ポケットなど体の至る所に挿しまくった上に、自分の引き出しにも30本ほど予備がある(そんなにたくさんは必要ない気がするが)。
別の先輩は「スーパー校閲手帳」というオリジナルの切り抜きノートを作っている。せっせせっせと切って貼って切って貼って……34冊目に到る。いざという時、何冊目に必要な情報があるのかをすぐに見つけられるのだろうか?と思うが、ノート片手に校閲作業をしているところを見ると、スーパー役に立っているようだ。
そして、最強の猛者は1カ月分の新聞を持ち歩く先輩だろう。その効果は深夜番組の健康器具並みだと思う。
私の必需品は、校閲作業で必要な物を全て収納した「校閲四次元ポケット」。と言っても某雑誌の付録で、バッグの中で細々とした物をまとめて入れられる、いわゆる「バッグ・イン・バッグ」だ。この中には、赤本はもちろんスクラップ、電子辞書、電卓、携帯の充電器にペン類やのり、はさみ、さらにはツボ押し棒(笑い)や鎮痛消炎剤、ハンドクリーム、爪のトリートメントオイルやウエットティッシュなど、ありとあらゆる物を入れている。実はこのバッグ・イン・バッグ、素晴らしいことに、赤本や電子辞書を入れても上のファスナーを閉められる、ぴったりサイズなのだ=写真上。校閲記者のために生産してくれたの?という感動的な出合いを経て、2年余りも愛用している。ただし、パンパンに詰め込んでいるので必要なときにすぐに取り出せず、バッグをひっくり返さなければならないのが難点だ(だから四次元ポケットと呼んでいる)。
もちろん、これらを毎日全て使うわけではない。心配性な私は、いざ、というときがいつ来るか分からないから想定される物をとにかく入れる、入れる、入れる……。気付いたらこうなっていた=写真下。
ここで、四次元ポケットの中から、特徴的な物を2点紹介したい。
1.カンニング帳
赤本に掲載された用字用語以外にも、新聞の製作には決まり事があり、私の脳みそではいまだに全てをインプットできず、同じ事を2度3度間違ってしまう。だったら、ルールごと丸々貼り付けて、紙面がその通りになっているか見ればいいや、とカンニング帳を作った。以下は、社会面の右側を指す対社面より=写真。
対社面にはさまざまな決まり事がある。毎日掲載する「季語刻々」は、「今」→「昔」→「今」→「昔」と現代の俳句と昔の俳句を1日ごとに替えている。前日「昔」の俳句を掲載したのに、また「昔」の俳句を掲載したら間抜けだ。また、サンデー毎日の広告は毎週月曜日に掲載しているが、うっかり忘れたら、サンデーの売り上げが落ちるかもしれない。東京の校閲部が書いている「週刊漢字」。これも月曜日掲載。問題を掲載しているのに、解答を掲載し忘れたら間抜けだ。もちろん、そんな事件はまだ発生していない。これらのルールはざっくり頭に入っているが、何か抜けているんじゃないかと不安になるので、ノートで「本日のぜひ物」が全て入っているかをチェックしてやっと安心する。
2.ハンドクリーム
私は潔癖症でもないし、手のケアには無頓着だった。ハンドクリームなんて手がべたつくからほとんど使ったことなかった。でも、校閲記者は「モニター」と呼ばれるA4判の紙に印刷された原稿を次々とチェックし、原稿がそろうと大刷りと呼ばれる新聞と同じサイズの紙面ができあがってくるので、面全体もチェックする。この繰り返しで、紙に触れる回数が半端でない。徐々に手がかさかさになって、他のメンバーに大刷りを配るときに指先が滑って紙が取れなくなった。紙に脂を吸い取られ、極度の乾燥肌になってしまったのだ。
仕事前に一塗り、トイレに行ったら一塗り、かさかさしたら一塗り……。今では、ハンドクリームは欠かせない=写真。
【大野境子】