今年もこの季節がやってきました。「三省堂辞書を編む人が選ぶ今年の新語2022meets国語辞典ナイト」が11月30日、東京・渋谷で開催されました。
「今年の新語」はその年を代表するような言葉を公募して選ぶのですが、「ユーキャン新語・流行語大賞」と違うのは、今後辞書に載ってもおかしくないものという観点です。何も「新しい言葉」とは限らず、これまでもあったが新たな使い方が生まれた言葉や、これまでもあったはずだが特にこの一年で広まった言葉でもよいのです。昨年の大賞は「チルい」、2位「○○ガチャ」、3位「マリトッツォ」でした。
今回も登壇者は「三省堂国語辞典」(三国)編集委員の飯間浩明さん、「三省堂現代新国語辞典」編集委員の小野正弘さん、三省堂「大辞林」編集長の山本康一さん、三省堂「新明解国語辞典」編集部の荻野真友子さんと、司会の古賀及子さん=写真右から。
目次
「もう三国に載っている!」なら対象外
今年の選考は難しかったそうです。要因の一つが三国の8版が昨年12月に売り出されたばかりだったこと。新語だと思っても「三国にはもう載っている!」ならば対象外になってしまうのです。
結果は以下です。会場では10位から順々に発表されました。
大賞 タイパ
2位 ○○構文
3位 きまず
4位 メタバース
5位 ○○くない
6位 ガクチカ
7位 一生
8位 酷暑日
9位 闇落ち
10位 リスキリング
「酷暑日」はまだ紙面で気象用語としては使われていませんが、気象庁が最高気温35度以上の日を「猛暑日」と呼ぶことにした2007年以降、列島は毎年暑くなっていき、日本気象協会が今年「酷暑日」を決めたのです。このイベントの面白さは「辞書に載せるならどう書くか」を各辞書担当者が考えた語釈が発表されることです。新明解が考えた酷暑日はこちら。
こくしょび【酷暑日】一日の最高気温がセ氏四〇度を超える日の称。〔日本気象協会の用語〕
あれ、「を超える」でなくて「以上」ではないかなあ……とつぶやきました。日ごろ、原稿に「30度を超える真夏日」「35度を超える猛暑日」といったくだりが出てきては、出稿部に「30度(35度)以上では?」と確認することがよくあります。真夏日や猛暑日は気象庁、今回の酷暑日は日本気象協会の用語なので同じである必要はないのですが、同協会のサイトの発表文も「以上」でした。三省堂の知り合いによると、今回の酷暑日の語釈は新明解の「猛暑日」の語釈「一日の最高気温がセ氏三五度を超える日の称」に合わせた書き方だったそうで、「猛暑日」の書き方について対処するとのことでした。
7位の「一生」あたりで会場が反応しだしました。これは新たな使い方を三国が「二」として説明します。
長い時間をおおげさに言うのに「一生寝てろ」などはあったように思いますが、過去のことで「一生寝てた」も使うというわけです。
ガクチカの「うんちく」
「ガクチカ」の現代新国語辞典による語釈は非常に長い……。これはいかにも小野さんの「うんちく」好きが表れているという話をしているちょうどその時、実は遅刻していた小野さんが会場に現れました。マイクを持って早速「この語釈では、うんちくを傾けたくて……」と言ったので「やっぱり!」と古賀さん。
「学生時代に力を入れたこと」の「学」と「力」の先頭2文字を組み合わせたものとのことですが、私には「チカ=力」がなかなか思いつかず、覚えられない言葉です。「駅チカ」のように「近い」が先に思い浮かんでしまいます。小野さんは「あけましておめでとう」の略語「あけおめ」などを挙げて説明しましたが、少なくとも新聞には登場させにくい言葉かなと思います。
4位の「メタバース」は新聞でもよく出てくるようになりました。一緒に見ていたある国語辞典編集者も「次の改訂では入れるだろう」と言いました。「メタバース」を冠した団体などが出てきたからだそうです。
3位は「きまず」。形容詞の語幹だけで使われる言葉はほかにもありますが、単に省略形ということでもないようです。「それほど気まずくない場合にも使う」という注が利いています。荻野さんはこの日も来る途中で「きまず」と若い人が4、5人で言い合っているのを聞いたそうです。「面と向かって言えるということは、そんなに気まずくなさそうですよね」と荻野さん。校閲の20代の後輩も友人とは使うと言っていました。
「コスパ」でやっと思い出す「タイパ」
そして、大賞は「タイパ」。「おお」という声が聞こえますが、私自身は「タイパ」を見聞きしたことはあっても、なかなか頭に入っていませんでした。タイムを「タイ」と略すことが想像しにくく、「パ」もパーティーなら思い浮かぶがパフォーマンスは思い浮かばないからだと思います。まず「そうだ、コスパだ、コスパ」と思い出してから「だから、タイムのパフォーマンスだった」という思考の経路をたどらなければならないのです。
むしろ、「コスパ」にひっかけて「タイパ」という語ができ、それは何かと説明するならタイムパフォーマンスの略だ……ということかとも想像してみました。しかし、毎日新聞の記事を検索していると、「タイム・パフォーマンス」が1999年の記事でひっかかりました。モータージャーナリストの方が自転車を車に積んで両方を使い分けて乗る楽しみ方を紹介する文章の中で「その絶妙なバランスのよさとタイム・パフォーマンスのよさにほれ込んでしまったのである」と書いています。外部筆者の方なのでなじみのない片仮名語でも載せたのでしょうが、意味がわからないということでもありません。タイムパフォーマンスは意外に昔から使われていたのでした。
さて、「今年の新語」の大賞に名詞が選ばれるのは珍しいのですが、飯間さんは「名詞は使われる場面が限られるが、形容詞などはあまり場面を選ばない」からだろうと言います。その点、タイパはいろいろな場面で使われるから選ばれたというわけです。小野さんも「新聞などで使いますよね」。一緒に見ていた毎日新聞の福島良典論説委員が「これ、社説に使った」とうれしそうに話しました。映画を10分程度に編集した動画「ファスト映画」の無断投稿に対して厳しい司法判断が下されたことについて論じる社説に「タイムパフォーマンス(時間効率)」が出てきました。書き直される前には「タイパ」もあったものの、紙面になる段階ではなくなりました。「ファスト映画」は大辞林の語釈が触れています。
「パシフィック・リーグ」以来の長さ?
古賀さんも「タイ料理のパーティーかと思った」くらいですから、どれくらい浸透しているのでしょうか。山本さんまで「実は我々が勘違いしているだけで、投稿した人はパーティーのつもりだったのかも」と言います。パフォーマンスは長い語なので、それがパになってしまうのは「かなりアクロバティック」(古賀さん)。「パシフィック・リーグ以来では。新聞に長くて書けないからでしょ」(小野さん)と、およ、新聞が出てきました。小野さんは毎日新聞をご愛読くださっていると伺ったことがあるので、ちょっと緊張しました。
新しい言葉についてあれやこれやと想像するのは楽しいもので、「だいぶ言い残している」(飯間さん)ような状態のまま、時間切れで「今年の新語」発表会は終わりました。
【平山泉】
(後半「国語辞典ナイト」の模様はこちら)