11月30日は「今年の新語」発表会に続き、「国語辞典ナイト」を楽しみました。テーマは「生成AI」。辞書はつくらなくてよくなる? 校閲の仕事が奪われる?……そんな悲観的なことではなく、“国語辞典ナイツ”はAIを使い倒し、笑い飛ばすのです。
11月30日、東京・渋谷で「今年の新語」発表会に続き、イベント「国語辞典ナイト」が開かれました。昨年まで年に2回は開かれていたのに、今回は今年初、ちょうど1年ぶりなので「待ちに待った!」という感じです。
メンバーはおなじみ、三省堂国語辞典(三国)編集委員の飯間浩明さん、ライターの西村まさゆきさん、国語辞典マニアで校閲者の見坊行徳さん、国語辞典マニアで講談社の校閲者、稲川智樹さん、それに司会のライター、古賀及子さん。古賀さんはずっと国語辞典ナイトの司会をしていて、筆者は大ファンなのですが、今年は著書「ちょっと踊ったりすぐにかけだす」(素粒社)が刊行され、すっかり人気者です。
古賀さんが“国語辞典ナイツ”と呼ぶメンバーたちは発表された「今年の新語」について「裏で非難ごうごう」だったそうです。稲川さんは「既に国語辞典に載っているから選外と言っていたけれど、『アクスタ』は三省堂現代新国語辞典の『アクリル』のところにアクリルスタンド(=アクスタ)って載っているし、人道回廊も」と主張。辞書を通読している稲川さんの目はごまかせません。「今年の新語」選考委員でもある飯間さんは「そこはまあ……」。西村さんが「来年からは、その年に出た辞書に載ったものは対象にするってことでいいじゃないですか」ととりなしました。
つまりは今秋発売された三省堂現代新国語辞典が「今年の新語」に選ばれるような語をしっかり押さえていたということなのでした。
さて、今回の国語辞典ナイトのテーマは人工知能(AI)、それも「生成AI」。
目次
飯間さん、AIと一緒に三国をつくる
飯間さんは「AIとつくる三国」と題して話します。
あるウェブセミナーでチャットGPTが辞書をつくってくれるという発表があったそうで、辞書界に衝撃を与えたといいます。より賢く、速く、よい辞書をつくれるとか。
それじゃあ……。
飯間さんが「さんこく」と表紙に書かれた本を……。
飯間さんはあっさり反省し、チャットGPTと辞書をつくることにした――と、前置きから笑わせるのが、さすが飯間さん。
早速チャットGPTに語釈をつくらせるのが「右」。辞書ファンからすると「またか」の「右」です。しかし、「右」をわかりやすく説明するということは学問的な知識だけでなく、辞書づくりのセンスが問われるので、まず聞くのに適しているとのことです。
最初に出てきた語釈がこれ。
「右」を説明するのに「右手側」と言っており、もちろん飯間さんは駄目出しをし、チャットGPTとのやりとりが続きます。チャットGPTが「支配的な手として使用する手」という言葉で「右手」を避ける。日本語として不自然ですから、駄目出しする→改善する→駄目出しする→改善したはずがまた「右」を使ってしまう……。そして、
ついに「時計の針」を使った語釈がつくられ、飯間さんが褒めるとチャットGPTが喜んで調子に乗ります。
「しかし」と飯間さんが突っ込む。
太陽と影で説明したり、右ハンドルを使ったり……それでも飯間さんに駄目出しをされ続けて、もうチャットGPTの言うことは支離滅裂になってきます。最後に飯間さんが三省堂国語辞典の片仮名の「リ」や漢字の「一」を使った語釈を示します。
それをチャットGPTは大絶賛。
……とまあ、生成AIはまだまだだなあという感想になります。しかし、飯間さんはこのようにAIを否定しながら語釈を磨いていくことができるわけで、「AIをとても頼りにしている」と言ってAIと握手したのでした。
校閲記者もこのようにAIとやりとりしていきながら調べたり、言葉を選んだりすることができるでしょうか。
稲川さん「校閲者vs.チャットGPT」
次は稲川さん。校閲者らしく、チャットGPTを使って校閲を……。
しりとりかいっ。
稲川さんは、あるテレビ番組で飯間さんと「しりとり合戦」をしたことがあり、西村さんともホームセンターにあるものでしりとり対戦をしています。
ホームセンターにあるもので「しりとり」したらいつまでも終わらない説
チャットGPTはまず「リンゴ」。定石をわかっているようです。
稲川さん「ごま」
チャットGPT「まど」
稲川さん「ドリル」。難しい「る」で攻める。
チャットGPT「留守番」。弱すぎ!
気を取り直してプロンプト(指令文)に「あなたは最強のしりとりマスター」と入れます。
チャットGPT「リンゴ」
稲川さん「ゴール」
チャットGPT「ルビー」
稲川さん「イスラエル」
……徹底して「る」攻めです。
続けているうちに稲川さんの「アイドル」に対してチャットGPTは
「ルーファー」
なんじゃそりゃということで稲川さんが尋ねると、チャットGPTは「一般的には存在しない言葉です。おそらく私が誤って作成した造語かもしれません」と。最強マスター、そんなことするのか。
そこで終わりにせず、代わりに「ルーブル」を繰り出してきました。稲川さんも負けずに「ルノワール」。それに対してチャットGPTは「ルノワールは有名な画家ですが」だの「次の言葉を『ル』で始める必要があります」だのとしゃべった揚げ句「終了となります」と白旗を揚げました。
ほかの漢字と併記するしりとりもしてみましたが、チャットGPTは誤ってばかり。そこで、なぜ弱いのかチャットGPT自身に答えさせたところ、しりとりは「前の単語の最後の文字から始まる単語を連想する能力」を必要とするが、チャットGPTの訓練データにはこうしたパターンがあまりないため、不得手なのだとか。
それにしても、稲川さん、強い……。
稲川さんと飯間さんが出演したテレビ番組ですが、国立国語研究所の方にも出演オファーがあり、断ったそうです。番組のことを聞いて筆者は「校閲者や国語辞典編者がしりとりに強いとは限らないのに……」と思っていましたが、稲川さんの強さは相当なものです。筆者は校閲をする際、言い換え語が思い浮かばず悩むことがありますが、稲川さんのように言葉がぽんぽん出てくるほど語彙(ごい)が豊富なら、校閲にも役立つでしょうか。まあ、しりとりについては、辞書を何冊も通読している稲川さんの特殊能力なのでしょうが……。
稲川さんは、やはり校閲もさせていました。
この文を校閲させたのですが、「『乞う』は『求める』の古語形」と言い出したり、「椅子」が「ソファ」になっているところを見逃したり。
そこで、「GPTs」というものに校閲として気をつけるべき点を指定、そして稲川さんの「秘蔵データ」を読み込ませます。GPTsより、そのデータが気になる……。なんでも、これまで仕事をしてきた中で気になって検討した表現(直さなかったものも含む)だそうです。見たい。
さて、先ほどと同じ文を校閲させたところ、「乞う」を古語とは言わなくなり、「椅子」「ソファ」についても指摘しました。しかし、もう一度やらせると結果が変わってしまいます。
これでは「校閲」を任せられません。
ただ、今後もっとデータを読み込ませることで、改善されるかもしれないとのことでした。
現在の活用例として例えば「東京駅の1日あたりの利用者数がわかる公的な資料」を尋ねると答えてくれるので、調べ物に使えるとのこと。これは、筆者らも望んでいることで、実際にAI開発会社の方に提案したことがありました。
稲川さんは用例採集にも使えそうだと実践中。さすが……。
というわけで、AIを利用しまくるぞという稲川さんでした。
見坊さん、辞書AIとは「辞書……のことだ!」
次は見坊さんの「辞書AIとは“辞書●●●AI”である」。●●●とは何でしょう。
いわく、生成AIって何?とチャットGPTに尋ねれば三省堂現代新国語辞典を使って答えてくれるけれど、それでは「つまらん!」と。
必要なのはどの辞書を使って、その情報をどう解釈すべきかといった辞書読者の困りごとに応えてもらうこと。
まず、辞書のどこを見ればいいか。ありがちなのは括弧内に書いてあることに気づかなかったり補注を読まなかったり……これは、
ちゃんと読め!と見坊さんたちは言いたい。とはいえ、見坊さんたちのように各辞書の使い方を熟知する人は多くありません。
例えば、「こえる」を超で書くか越で書くか。校閲記者がいつも迷うところです。せっかく辞書を引いても、新明解国語辞典の場合、「こえる」で「越える」の字が目に入るだけです。「越える」と書けばいいのねと思ってしまってはいけないわけで、新明解国語辞典は末尾でしっかり書かれている「超」と「越」の書き分けを見なければなりません。
見坊さんたちなら、こんなことは当たり前に知っている(校閲記者もわかっているはず)わけですが、そうでない素人向けに、新明解国語辞典がAIになったら……
このように、ユーザーの欲しい情報を教えてくれるといいですね。
なるほど。校閲記者としても、すぐに「この辞書のここに書いてある」と導いてもらえれば、日々の時間に追われて新聞記事と格闘する中でも効率よく辞書を引けそうです。
さすが校閲者の視点からAI活用を考える見坊さん。
さらに見坊さんは辞書AIの守備範囲とは?と突き詰めます。
「問題」に対して「辞書」と「読者」がいて、AIが担うべきは「辞書」ではないと言います。
問題と人間の間にある障害を辞書を利用できるAIとなって解決する――これが期待されるわけです。
そして、そのAIって……読者と辞書・問題の間に割り込んできて、辞書に詳しくて、辞書の使い方に詳しくて――あれ? それって。
稲川さん「僕はAIだったんですねえ」
飯間さん「辞書編さん者も!」
大盛り上がり。
「辞書メーカー各社は辞書マニアAIをつくるべし」と見坊さんは締めくくりました。
西村さん、AIに辞書の挿絵を描かせてみる
最後に西村さん。お得意の国語辞典の挿絵を取り上げます。以前も、三省堂国語辞典8版の挿絵に突っ込みを入れたり
各辞書の「七福神」の挿絵に突っ込みを入れたり
していました。
今回はAIに国語辞典の挿絵を描かせます。
早速チャットGPTに七福神(やっぱり!)の絵を描くように指示。ところが、
いきなりの拒否。
ためしに「国語辞典に掲載されている七福神のイラストを描いてください」と指示してみたら、
なぜか今度は描いてきました。ちょっと七福神とは言いにくいイラストですが……とにかく「なめられちゃいけない」からと、なぜ最初は描けなかったのか西村さんが問い詰めます。すると
よくわかりませんが、誤解だったそうな。
それからは三省堂国語辞典の語釈文だけでイラストを描かせていきます。
例えば「せの高いサボテンにみのるくだもの。表面は赤く、松かさ状のうろこがある。果肉は、紅色または白で、ほんのりとあまい」(ドラゴンフルーツ)はこうなりました。
実際のドラゴンフルーツとは懸け離れています。あきれながら、今度は「耳の長い小形のけもの。うしろ足が長く、よくはねる」(ウサギ)。
おお、上手にウサギが描けています。褒めて終わらないのが西村さん。日本で最初の辞書「言海」の語釈で描かせようというのです。
「小キ獣、長サ二尺許、耳甚ダ長ク、全身、灰褐色ニシテ、前脚短ク、後脚長ク、高キニ上ルニ捷シ、目赤ク、上唇欠ケテ、長キ髭アリ、山ニ穴シテ棲ム、肉美ナレバ、猛獣ニ貪リ食ハル、毛ヲ筆ニ用ヰル。之ヲ野―ト云フ」。漢字片仮名交じりで読みにくいものの、説明はわかりやすいように思います。すると……
ネズミっぽくなってしまいました。なぜ……。
今度は「〈持てあまして/すぐに解決できずに〉困る。手を焼く」(てこずる)。
困ってはいそうだけれど……何を持っているの?
そして、「上着とズボンとが一体になった、赤ちゃんや子どもの服。カバーオール。ロンパス」(ロンパース)を描かせようとすると、七福神のときのように拒絶されてしまいました。赤ちゃんや子供は避けているのでしょうか。
そこで、新明解国語辞典の「上着とズボンが続いている幼児用の遊び着。上はそでが無く、ズボンはブルマーの形」を見せると
正確性はともかく、なぜこちらは拒否しないのでしょう。
三省堂国語辞典の語釈に戻って「コンテンツポリシーに違反しない形で」と言い添えると、服を見事に描きます。
そうか、赤ちゃんを描写してはいけないということかなと考えた西村さんが「ロンパースをはいた赤ちゃん」を指示すると、こちらも普通に描けていました。
「生成AIは『三省堂国語辞典』が嫌い説濃厚」と結論づけるしかありませんでした。
笑いに笑って……あれ、もう終わりの時間です。
最後のコメントで、見坊さんの「辞書AIをつくるために辞書マニアの声が聞きたいという出版社の方、お声掛けください」にそばに座っていた辞書編集者たちが反応。校閲記者としても、辞書AIに期待したくなった国語辞典ナイトでした。
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