毎年恒例の「三省堂辞書を編む人が選ぶ今年の新語」。2023年は11月30日に発表され、”硬派な”言葉が並びました。初めて選考発表会に参加した校閲記者が感じたこととは。
11月30日、東京・渋谷で「三省堂辞書を編む人が選ぶ今年の新語2023」の選考発表会が開かれました。イベント「国語辞典ナイト」との同時開催です。「今年の新語」とは、その年を代表する言葉で今後辞書に収録されてもおかしくないと考えられるものです。既に辞書に載っている言葉や、一時的に流行して忘れ去られると考えられる言葉ではありません。今回の応募総数は2207通、異なり語数(一度出てきた言葉は次からカウントしない数え方)で1087語が集まり、2022年(1041通)の2倍以上でした。そんな数多くの候補の中から、ベスト10と、選外として記録にとどめることになった5語が発表されました。
選考発表会では、選考委員を務めた飯間浩明さん(「三省堂国語辞典」編集委員)、小野正弘さん(「三省堂現代新国語辞典」編集委員)、山本康一さん(三省堂辞書出版部部長、「大辞林」編集部編集長)が、それぞれの辞書(山本さんは大辞林と新明解国語辞典)に収録することを想定した語釈を発表し、今年の新語への思いを語りました。
今回の審査は「紛糾しました」と飯間さん。その末に選ばれた今年の新語ベスト10は以下になります。
全体を眺めると、「闇バイト」や「人道回廊」など新聞でも目にするような硬派な言葉が並びました。
「闇バイト」の語釈は、筆者は「犯罪を代行するアルバイト」ではないかと予想しましたが、新明解の語釈は根本から違うものでした。
飯間さんは「非常に本質を突いた。(反社会的集団が)自ら手を汚すことなく犯罪を行う。(実行役は)もうかるというSNSの甘い言葉につられて軽い気持ちでやってみたが、これ(脅されてやめられなくなる)ですよね。悪辣(あくらつ)なアルバイトではある」と闇バイトの構造に注目し、「闇バイトは闇とバイトがただくっついただけの平凡な言葉ではない」と言いました。一方で、言葉では「バイト」と言っているのに、語釈は使う側の意味になってしまい、整合性が取れないのではないかとの声もありました。語釈は犯罪の根源に言及しましたが、中には犯罪の入り口をイメージした人もいるのではないでしょうか。読者のみなさんの声も聞いてみたいと思いました。
「人道回廊」は、大辞林が語釈をつけるとこのようになりました。
「人道回廊」という言葉は、23年に始まったイスラエルとイスラム組織ハマスの軍事衝突でたびたび見聞きしましたが、22年からのロシアによるウクライナ侵攻でも設置の必要性が協議され、継続的に取り上げられている言葉です。22年の新語にランクインしても不思議ではありませんでしたが、飯間さんは今年の新語に選んだ理由を「人道回廊が特殊で我々とは関係のない、知らなくてもいいような概念ではなくなった」からと話しました。飯間さんによると、昨年は「ウクライナ危機そのものが非常に特殊で繰り返されてはならないような紛争であって、ことさら辞書に載せなくてもいいんじゃないかと考えた」そうですが、「イスラエルとハマスの戦闘が起こって、またここで人道回廊をつくりましょうという話になり、ガザに人道回廊ができた」。それにより人道回廊が特殊事例ではなくなったとのことでした。また、小野さんは「『人道』は人が通る道のように見えるが、実は『人の道』。まさにここを爆撃するのは人の道に反すること。だから『人道』がそういう(通る道ではなく、人として守るべき道の)意味で使われるというのが大事」と、人道の捉え方に触れました。
7位の「トーンポリシング」は「物の言い方警察」(飯間さん)のことです。「~警察」といえば、20年の新語にも新しい使い方として選ばれましたが、関連した言葉が再び登場しました。「~警察」は、コロナ下で「マスク警察」や「自粛警察」のように使われ、ルールを守らない相手を批判したり注意したりする人を指しました。しかし、「トーンポリシング」は「そんなに熱くなっちゃうとみんな聞いてくれないよというふうにして、結局その主張を抑えようという巧妙な感じ」(飯間さん)というように、相手のために注意するように見せかけて本題からそらすことを目的としている悪賢さが垣間見えます。語釈をつけた三省堂現代新国語辞典の小野さんは「『悪賢いトーンポリシング』は少し重言になっているが、そこをあえて出している」と用例に込めた思いを語りました。
悪賢さを突いた言葉では、「○○ウォッシュ」も選ばれました。
一言では表現しづらいモヤモヤを端的に表した「トーンポリシング」や「○○ウオ(ォ)ッシュ」のような言葉は今後も増えていくのでしょうか。
3位の「かわちい」は硬派な言葉が並ぶ中で「唯一軟らかい言葉」(飯間さん)でした。
「『かわちくなる』って言えるんですか? 『かわちくなったね』とか」という小野さんの質問に、飯間さんは「どちらかというと感動詞的に使うことが多いです。感情をあらわしているわけです」と答えました。「『かわちい』の元は『かわいい』。だから『~しい(うれしい・おいしいなど)』と同じタイプの形容詞ではなかった。しかし、『うれちい』『おいちい』といったシク活用の形容詞の語尾を共有していることによって『うれちい』や『おいちい』などと同じグループの形容詞になった」と飯間さんは考察しました。
そういえば選考発表会の数日前に「三省堂国語辞典は語釈がシンプルで分かりやすいんだけど、もう少し説明がほしいときがあるよね」とデスクと話していたことを思い出しました。「かわちい」もその一つですが、飯間さんの「三省堂国語辞典は本当に淡々と書いていますけれども、その説明に込める編者の気持ちっていうのは熱いものがありますから、そこをくみ取ってください」という言葉に、今まで自分が意味や用例を読んで分かったつもりになったまま、編者が何を伝えたいかというところまで考えていなかったことに気づきました。辞書を読むだけでなく、編者の声にも耳を傾けていきたいと思いました。
【屋良美香子】
「今年の新語」選考発表会に引き続きイベント「国語辞典ナイト」が開かれました。その模様は後日掲載します。
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