正直に言うと2021年は、特定の言葉から強い印象を受けることがなかった、という感想を持っています。それはここ「毎日ことば」だけの話ではありません。「三省堂 辞書を編む人が選ぶ『今年の新語 2021』」の選評でも次のように言われていました。
人々が活動を抑制した結果、言語活動も低調になった面があるかもしれません。2021年には「今年特に広まった」「将来辞書に載ってもおかしくない」と感じられることば(本企画の対象となることば)が少なかったという印象を持ちます。
それでも、去年までは目につかなかった言葉や、2021年を振り返るに当たって思い出される言葉を拾ってみたいと思います。
目次
波とともに増減した「人流」
首相や知事が「人流(じんりゅう)」という言葉を使っていますが… |
「人の流れ」の意味で不自然ではない 9% |
書き言葉では使えるが、話し言葉では避けるべきだ 11.3% |
なじみのない言葉であり「人の流れ」とすればよい 79.7% |
振り返れば、2021年もやはり新型コロナウイルスに振り回されました。「人流」は「物流」に対応する言葉として運輸関係で使われることもあった言葉ですが、「緊急事態宣言」などが繰り返し出される中で、事実上「抑制すべき人出」を表す言葉として使われるようになっています。特に東京ではかなりの期間を緊急事態宣言下で過ごすことになったのが2021年という年でした。
毎日新聞の記事データベース(東京本社版、地域面除く)では、「人流」の使用回数は新型コロナウイルス感染の第4波が来た4月から増え始め(4月12件、5月26件、6月18件)、第5波が訪れた7月から8月にピークを迎えました(7月31件、8月25件)。この期間はオリンピックとも重なり、人出の増加が特に懸念されていたこととも関わるのでしょう。11,12月の使用回数は4、5件と落ち着いていますが、年明けにもし第6波が来たならば、また使用頻度が上がるでしょうか。
「宣言」の谷間に行われた式典
コロナ禍を経て「1年越し」の入学式――この言い方、使いますか? |
「○年越し」は「○年」経過したことを言うので問題ない。使う 23.7% |
「○年越し」は「○年」にまたがることを言うので、1年の場合は使わない 28.6% |
上の両方を指すが、「1年越し」は「1年経過した」という意味なので使う 21.5% |
上の両方を指し、紛らわしいため使わない 26.3% |
年初から秋まで、かなりの期間が緊急事態宣言に覆われていた2021年でしたが、その切れ目だった3月下旬から4月にかけて、昨年開くことができなかった入学式や卒業式を行う学校が目に付きました。それに関連して聞いたのが上の質問です。
近ごろは「1年を隔てている」という意味で「1年越し」を使う傾向があり、コロナに関連しても何度かこうした用法を見かけました。ただし、「○年越し」は「暦年○年にわたる」という使い方がされてきたのも事実で、「1年越し」では格好が付かないという印象もあります。コロナに関係なく以前から問題になるものではありましたが、扱いに困る言葉だと改めて思わされました。
「有観客」には慣れたかも?
イベントの「無観客」開催の反対語として、「有観客」という言葉を見ますが…… |
問題ない 9.2% |
違和感はあるが、強調表現として受け入れる 25.1% |
違和感はあるが、他に言葉がなく仕方がない 25.9% |
「観客を入れて」「観客有りで」などとしたい 39.9% |
さて、本来ならオリンピックイヤーということで、競技や選手に関連した言葉を取り上げる機会があってもよかったはずなのですが、質問に取り上げるようなものは見当たらず。その中で、コロナも絡んで使われた「有観客」という言葉について伺ってみました。結局ほとんどの競技が無観客で行われたというのは皆さんご記憶だと思いますが、ぎりぎりまで「有観客」開催ができないか模索されていました。
「有観客」というのは変わった響きを持つ言葉です。アンケートをした際にも「無観客」を前提にした上で使われる言い回しとして取り上げましたが、コロナにもオリンピックにも振り回された1年を経て、「有観客」にもだいぶ慣れてしまった感じはあります。今改めて質問したなら、違和感ありとする回答はだいぶ減るかもしれません。
環境がクローズアップされた年
「持続可能な」という意味の英単語「sustainable」。カタカナではどう書きますか? |
サステナブル 36.8% |
サスティナブル 28.2% |
サステイナブル 35% |
2021年は環境問題が大きく取り上げられた年でもありました。国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)があったことも影響してか、SDGs(エスディージーズ、持続可能な開発目標)がクローズアップされ、その関連で「サステ(イorィ)ナブル」という言葉を見る機会も増えました。
これについてはアンケートで少しでも方向性が見えればと思いましたが、結果はご覧の通りでほぼ三分。三省堂国語辞典が「サステナブル」を見出し語に取ったという記事も先ごろ載せましたが、それで決着すると言い切れる感じはまだありません。
そういえば今年は一方で「SDGsは大衆のアヘンだ」とする本――斎藤幸平さんの「人新世の資本論」がベストセラーにもなりました。本質から目を背けさせるためのまやかしだ、ということなのだと思いますが、「人新世」という言葉についても聞いてみればよかったかもしれません。
「運次第」が説得力を持つ世界に…
「親ガチャ」「子ガチャ」などの「○○ガチャ」――意味は分かりますか? |
分かる 59.9% |
何となく分かるが、説明がほしい 22.6% |
見たことはあるが、分からない 8.6% |
見たことも聞いたこともない 8.9% |
あまり明るい言葉ではありませんが、今年になってよく見るようになったという意味では、この「○○ガチャ」がもっとも目立った言葉だったかもしれません。「ユーキャン新語・流行語大賞」のトップテンに「親ガチャ」が入り、三省堂の「今年の新語」でも「○○ガチャ」が2位に入っています。
振り返れば2021年も、アフガニスタン、香港、新疆ウイグル自治区、ミャンマーなどでは大変な出来事が繰り返し起きた年でした。新型コロナ対策一つ取ってもワクチン接種の国家間の格差は大きく、「国ガチャ」という言葉にもその響きに似つかわしくない重さを感じないわけにはいきません。
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この「毎日ことば」のアンケートも丸4年を経ることになりました。こうして続けることができているのは、ひとえに回答してくださる皆さまのお陰です。今後もその時々の世相を映した言葉や、使うに当たって迷いやすい言葉、よく見るけれども本当はどう使うべきか分かりづらい言葉などについて、皆さまのご意見を伺っていきたいと思います。来年もよろしくお願い申し上げます。