最近目にする「有観客」という言葉について伺いました。
目次
はっきり「おかしい」とする人は4割
イベントの「無観客」開催の反対語として、「有観客」という言葉を見ますが…… |
問題ない 9.2% |
違和感はあるが、強調表現として受け入れる 25.1% |
違和感はあるが、他に言葉がなく仕方がない 25.9% |
「観客を入れて」「観客有りで」などとしたい 39.9% |
「おかしい」という人が4割。半数の人は「違和感あり」と留保しつつも、言葉として認めざるを得ないという回答でした。新型コロナウイルス禍によって、以前は目にすることのなかった言葉がさまざま現れましたが、「有観客」もそうした言葉の一つとして存在感を高めつつあるようです。
コロナ禍で初めて現れた「有観客」
毎日新聞で初めて「有観客」という言葉が使われたのは2020年6月。新型コロナの影響で無観客開催を強いられた野球独立リーグの球団が、「有観客」の状態にもどっても試合のネット配信は一部続ける――という内容の記事でした。ちなみに「無観客」の方は、サッカーなどでチームへの懲罰として、主催試合に観客を入れることを禁じられるケースがあるため、もっと前から使われています(毎日新聞での初出は2005年)。
「無観客」は、通常なら観客を入れるはずの試合やイベントで、観客を入れずに行うからこそ使われる言葉です。そもそも観客を入れることを想定していない練習などでは「無観客練習」とは言いません。そして反転するように「有観客」という言葉が使われるようになったのは、「無観客」で試合などが行われることが一定程度、普通のものになってしまったということです。
少ない「有+○○」の言葉
国立国語研究所の「分類語彙表 増補改訂版」(2004年)は、語を意味によって分類・整理したシソーラス (類義語集)ですが、索引から掲載語を一覧できます(リンク先からデジタルデータにもアクセスできます)。その中で「有」を接頭辞にして2字熟語に付けた「有○○」という形の語は、「有意義」「有視界」「有資格」の3語しかありませんでした。「無○○」は「無教養」「無国籍」「無重力」「無関心」など豊富にあります。
「有意義」は「意義が有る」という意味で普通に使われる言葉ですが、なぜこれだけはよく使われるのか、ちょっと例外的な言葉です。「有資格」は求人などの場面で使われそうな言葉。「有視界」は航空用語の「有視界飛行」に見られる言葉です。航空機の操縦は「計器飛行(航空機の姿勢、高度、位置及び針路の測定を計器にのみ依存して行う飛行=航空法2条16項)」と、視界が有ってパイロットの判断で操縦できる「有視界飛行」とに分かれます。「視界が有る」というのも取り立てて言う必要がある事柄なので、「有視界」という言葉が使われるわけです。
これも時代を表す言葉か
「有観客」という言葉に違和感があったり「おかしい」と感じたりというのは、当たり前の感覚だと思います。これまで見たことのない言葉であり、似たような形を持つ語もあまりない言葉なのですから。しかし、今回のコロナ禍が私たちの普段の生活をいかに変えたか印象づける言葉としては、「密」や「黙食」などと同様、意味のある言葉かもしれないと感じています。
それにしても政府や東京オリンピック・パラリンピック組織委員会は、五輪を「有観客」でやることに執着しているようですが、そこに至る視界は開けているのでしょうか。飛行機で視界がなくとも計器飛行が成立するのは、パイロットの技術や経験に加え、着陸時には管制官の的確な誘導が期待できるからです。五輪の開催についても、せめて適切な誘導があればと思うのですが、それも定かでないままに着陸の時期が迫っているように見えます。
(2021年07月06日)
新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、イベントなどが観客を入れることなく「無観客」で開催されることに慣れてしまったと感じることがあります。「有観客」という、コロナ禍以前には見ることがなかった言葉を目にすると、特にそう感じます。
漢字の熟語に「無」をつけて「○○が無い」状態を示す言葉はありふれたものです。無意味、無添加、無欠席、無事故などなど。それに対して、「有」をつけて「○○が有る」という意味で使う言葉はほとんどありません。有意味、有添加、有欠席、有事故――いずれもしっくりこないでしょう。
要するに、殊更に「無」をつけた「○○が無い」状態が特殊なのであって、普通はわざわざ「有」と断るまでもないわけです。イベントなども「無観客」が特別なのだから、観客を入れる場合に「有観客」のような不自然な言葉を使う必要もないとは思うのですが、無観客に慣れつつある状況ではあえて「有」を入れることも、一種の強調表現として認められるでしょうか。
(2021年06月17日)