「存亡の危機」という表現についてうかがいました。2016年度の文化庁「国語に関する世論調査」で「存亡の機」が本来の言い方とされたのですが、「存亡の機」とすべきだという人が今どれくらいいるのか調べたいと思い、うかがいました。
目次
「危機」で問題なしの声が半数近く
組織の「存亡の危機」という表現、いかがでしょう。 |
「存続の危機」とすべきだ 42.3% |
「存亡の機」とすべきだ 7.3% |
「危急存亡の秋(とき)」とすべきだ 7.5% |
「存亡の危機」で問題ない 43% |
結果は「存亡の危機」で問題ないとするのは半数近くとなりました。他の選択肢では「存続の危機」にすべきだとする回答が「問題ない」派とほぼ同率。一方、本来とされた「存亡の機」は1割にも届きませんでした。
なぜ問題になるのか
どうして「存亡の危機」が問題にされたのでしょう。例えば「『ほぼほぼ』『いまいま』?! クイズ おかしな日本語」(野口恵子著、光文社新書)にはこうあります。
「存亡」とは文字どおり、存在と滅亡だ。このまま存在し続けるか、それとも滅びるかの瀬戸際を、「存亡の機」「危急存亡の秋(とき)」と言う。
「危機」を用いる場合は、存続が危ぶまれていると言いたいなら「存続の危機」、滅亡の危険があると言いたいなら「滅亡の危機」だ。生死の境目にある人は「生死の危機」ではなく「生命の危機」に直面している。
――とのことで、同書では「存亡の危機」は「間違い」と言い切っています。
そして文化庁は「正しい」「間違い」という書き方こそしないものの「存亡の機」を「本来の言い方」として「存亡の危機」と対置する質問をしています。
毎日新聞では特に規定はありませんが、つい最近も核兵器禁止条約締約国会議の記事で「核兵器が人類にもたらす存亡の危機」と出てきました。某テレビ局を「組織存亡の危機」と書いたコラムもありました。「存亡の機」は少なくとも今年はまだ登場していません。
「難易度が高い」と似た現象
国語世論調査の発表を受けた2017年11月4日、毎日新聞校閲センター(当時は校閲グループ)による特集「校閲発 春夏秋冬」でこの問題を取り上げました。以下、かいつまんでお伝えします。
「存亡の機」の出典は紀元前の中国の「戦国策」。しかし、日本語学者の飯間浩明さんによれば「使用例が少なく、かつて普通に使われたとまでは言えない」。存亡のふち、存亡の瀬戸際、存亡の岐路などといった表現のバリエーションの一つに過ぎないということです。一方「存亡の危機」は司馬遼太郎や阿川弘之ら作家の文章から法律の文言まで使用例は豊富。それでも辞書での扱いが少ないのは、ことばとして不備があるためではなく、「○○の危機」という表現は当たり前で慣用句とみなされていないことがあるそうです。
「存と亡の相反する語は『危機』となじまない」との主張については、こんな考え方もあるといいます。例えば「難易度が高い」を「難度が高い」と同じ意味で使うように、熟語を構成する正反対の意味の漢字のうち、一方の意味が失われる現象があります。他にも「恩讐(おんしゅう)を超えて」の「恩」などの例が挙げられます(専門的には「帯説(たいせつ)」というそうです)。
存か亡かという状況に至ったことは危機そのものであり、これを「存亡の危機」と一言で表しても不自然とは思えない。
結局、このことばに関して「本来の言い方」にこだわる必要性は見いだせないのである。
――と、この記事では結論づけています。
危機か時機かという分け方
その後発行された三省堂国語辞典8版では「存亡」の用例として「存亡の危機」を「ほろびるかどうか、という危機」という語釈で載せました。「存亡の機」は「ほろびるかどうか、という時機」。危機と時機という分け方です。わかりやすいですね。
インターネットなどでは国語世論調査を受け「存亡の危機」を誤りという受け止め方をした人もあったようで、誤ったメッセージが広がっていないか気になっていましたが、今回のアンケートの「存亡の機」の不人気を見る限り、それは取り越し苦労だったようです。
ただ、逆の懸念として、「存亡の機」という言葉があることを知らない人にとっては、この言葉に接すると「危機」の間違いと誤解するかもしれないと思えます。余計なお世話かもしれませんが、「存亡の機」に限らず、日本語には自分のなじみのある表現以外にも実に多様な言い回しがあるので、違和感があればすぐ辞書を引いてほしいと思います。
それとともに、「何の罪もないことばにケチがついてしまう」(飯間さん)と嘆かれるような事態を招かないよう、報道機関としても言葉の正邪を安易に伝えないよう心しなければなりません。
(2025年03月17日)
組織そのものがなくなってしまうかもしれないという危機の状況に使われる表現はどれがよいかという選択です。2016年度の文化庁「国語に関する世論調査」によると、「存亡の機」は「辞書等で本来の言い方とされているもの」だそうです。「存亡の危機」は本来の表現ではないとされています。
確かに毎日新聞校閲でも以前「存亡の危機」は「存亡の機」に直していた人はいました。しかし毎日新聞用語集などで注意喚起はされず、「存亡の危機」の方が使用実態は多いようです。「存亡の機」だと、その表現を知らない人には「危」の脱字と思われるかもしれません。
事実、文化庁調査では「存亡の機」を使うと答えた人は6.6%で、「存亡の危機」は83.0%でした。それから10年近くたちましたが、このアンケートでも「存亡の機」の支持率などに注目したいと思います。
(2025年03月03日)