2020年10月23日、毎日新聞東京本社の毎日ホールで「校閲と知財から考えるメディアの未来」と題し、毎日新聞・共同通信の校閲記者によるトークイベントが開かれました。その模様をお届けする後編です。
登壇者は、平山泉(毎日新聞社)▽内田朋子さん(共同通信社)▽斎藤美紅(毎日新聞社)▽酒井優衣さん(共同通信社)▽桑野雄一郎さん(高樹町法律事務所・弁護士)――の5人です。
【斎藤美紅】
目次
芸能人の「パブリシティー権」
前編では、主に「肖像権」について詳しく見てきました。
では芸能人の写真の扱いはどうでしょうか。有名人・著名人の肖像権は一般の人に比べて制限されますが、権利がなくなるわけではありません。プライベートでの撮影を拒否するなどの権利は有名人・著名人にももちろんあります。
しかし基本的には「見てもらうこと」をなりわいとしているため、会場での撮影禁止など特別な制約がある場合を除き、パフォーマンス中の撮影などについては肖像権侵害とは言いにくい部分があります。
その一方で、「パブリシティー権」という特殊な権利が認められています。例えばアイドルを個人的に撮影した人が、その写真を勝手に販売したらどうでしょうか。当該アイドルのあずかり知らぬところで撮影者に利益が発生し、アイドル本人には一円も入らないということになります。これは個人のみならず、「商品パッケージに使用する」「広告に使用する」などの商業利用が無断でされるなどした場合、企業に対しても申し立てることができる権利です。
なお、報道機関が報道目的で利用する写真についてパブリシティー権の侵害になることはまずありませんが、芸能人の事務所の肖像写真の管理はパブリシティー権に配慮していることがあるため、報道機関の人間としては知っておいたほうがよいだろうとのことでした。
パブリシティー権を考える時にわかりやすい例として、ジャニーズ事務所が挙げられます。所属アイドルのウェブニュースでの写真使用が2018年に解禁されたことは、みなさんも記憶に新しいのではないでしょうか。このリポートをまとめている筆者は担当(推しアイドル)が解禁第1号だったので、なおのこと記憶に残っています。
解禁されるまでは、リリース用の写真も「紙面用」「ネット用」で分けて撮影されていました。例えば紅白歌合戦出場者の集合写真は、紙面用に全員で写ったものと、ネット用にジャニーズ事務所所属アイドルが抜けたものが撮影されていました。
ここまで厳しく管理されていた背景には、ジャニーズ事務所のビジネスのひとつに生写真の販売があったからではないかという説があるそうです。デジタルの写真は解像度が高いものが多いため、商売に利用されることを懸念したのではないかとのことでした。実際のところはわかりませんが、筆者も生写真ほしさに原宿のジャニーズショップに通ったクチなので大変納得できる説でした。
「顧客吸引力を目的とした使用」が侵害に
パブリシティー権をめぐって訴訟になったこともあります。「ピンク・レディー事件」と呼ばれるもので、問題となったのは2007年に発売された週刊誌に載った、ピンク・レディーのダンスに合わせてダイエットをしようという企画でした。
この記事では実際のピンク・レディーの写真が使用され、これがパブリシティー権の侵害かどうかが争点になりました。2012年の最高裁判決は原告の訴えを退け、正当な範囲で写真が使用されているとしました。「記事との関連性が深いこと」「表紙に使用されていない」「当該の見開き2ページにしか使用されていない」などの理由から、このページのみを目的に雑誌を購入する人は少ないとみられるためだそうです。
「顧客吸引力を目的とした使用」などが、パブリシティー権の侵害に当たることを定義した画期的な判決でした。
商標を別の言葉に言い換える理由
また、マスコミが気をつけるべき知財には「商標権」もあります。商標権とは「一定の商品・役務(サービス)について商標を独占的に使用できる権利」のこと。他社の商品やサービスと区別するため、メーカーなどは自社の商品名を商標登録しています。商標であっても一般名称になってしまうと商標権の侵害にはなりません。例えば「セロテープ」「うどんすき」「巨峰」など……。しかし、ほぼ一般名称になっているような気がするものの、商標であるため新聞社の用語集では言い換えるよう指定されている語もあります。
例えば「ビューラー」です。お化粧をする方にはほぼ確実にこの言葉で通じると思いますが、紙面上では「まつげカール器」「温熱カール器」などと言い換えています。「まつげカール器」との表記に出合ったら、正直「ん?」と戸惑ってしまうと思うのですが、実は「ビューラー」も商標登録された言葉なのです。
このように別の言葉に言い換えるのは、もちろん商標権者の権利を守るためなのですが、「新聞が一つの商品を宣伝してよいのか」という観点からも一般的呼称を使うようにしているのです。
一般名称として使われていた商標
さて、では「バーバリー」はどうでしょうか。いま、みなさんの頭のなかには「チェック柄のあのブランドの布地」が浮かんだのではないかと思いますが、商標名であるにもかかわらず一般名称として使われていた時代がありました。その証拠に、恥ずかしながら毎日新聞の紙面で使用されたことがあります。
1967年の紙面に「バーバリといえば、防水したレーンコート地としておなじみ」と書いてあり、手作りしましょうという記事なので、当然ブランド商品ではありません。
広辞苑第6版には「(イギリスのバーバリー社の商標名から)防水加工を施した、綿ギャバジンのレインコート。また、その布地」との語釈がありました。め、綿ギャバジン……?と辞書をまた引きたくなりますが、それはさておき、この広辞苑のバーバリーの語釈は商標と明記しているので桑野先生も問題ないと言いますが、広辞苑第7版では「バーバリー」という語自体がなくなりました。
バーバリー社が一般名でなく商標名として載せるよう要請してきたそうですが、あまたある他のブランドも載せなければならなくなるため、語自体を載せることを断念したそうです。一般名として使われた歴史がわからなくなってしまい残念なことでした。
「引用」は誤字脱字もそのままにすべきか
そして新聞にはなじみ深い「著作権」。近年は「漫画村」問題で注目を集め、著作権について考え直すきっかけにもなりました。報道機関の利用は例外規定に該当し、例えば本の一文を引用しても著作権法違反にはなりません。また、「引用」の際にどのように引用するかについても各社で違いがあるようです。
毎日新聞では基本的に全文を掲載する場合は原文に忠実に書き起こします。ルビをつけたりはしますが、自社の用語集とは違う表記もそのまま、誤字脱字もそのままです(場合によっては注記を加えます)。近年では著名人が自身のブログやネット交流サービス(SNS)を通じて発信することが増えたため、ネット上からの引用も多くなっていますが、こちらも本などからの引用と同様に扱います。一方共同通信では、自社の用語集に沿った直しをするそうです。桑野先生によると、できれば原文をそのまま載せるのが望ましいだろうとのことでした。
アーカイブとしての役割を持つ報道機関は、後世に価値ある知財としての記録を残していくことが求められています。より正確な情報を残していくために、校閲として何ができるのか。どこまで手を加えてよいのか。いままで慣例でこなしてきたことも、背景を理解しているといないとでは大違いでした。自身の仕事の重要性を再確認し、背筋が伸びる思いです。この講演を通じてさまざまな権利について知り、その後の仕事にも生きています。とても実りのある時間でした。
(おわり)