「校閲記者からみた記事の書き方」と題した日本新聞労働組合連合(新聞労連)の若手記者研修会でお話しした内容をまとめた4回目、最終回です。
新聞校閲の仕事の流れ、実例を元に誤字や言葉遣いで注意していること、文章を読みやすくするためのポイントなどを紹介してきました。今回は、だまされやすい、でも見逃してはいけない間違いはどういうものかをご紹介します。
上の写真は、ひとつ単位が抜けているのがわかりましたか? 「年収300万円の世帯は」となるべきところが、「年収300円の世帯は」となってしまっています。
見てわかるように、周りに「300」「1100」「万円」と似たような数字・単位がたくさん並んでいて、ついつい気が散ってしまうのです。ふと油断した時に見逃してしまう間違いです。
目次
人名のミスは“呪文”で防ぐ
そして一発でレッドカードとなるのが人名の間違いです。
有名人の名前でよくあるのが
×荻野公介→○萩野公介
×北川一雄→○北側一雄
×大阪なおみ→○大坂なおみ
これらの中で、単純な変換間違いでないのが「荻野」です。そもそも「はぎの」と読むと分かっていれば間違えることはないのですが、字面だけで覚えていると「荻」「萩」を混同して、打つ時に間違えてしまいます。
本来の読みを知っておくことはもちろん、校閲をする上では呪文をとなえることもあります。私の場合は「萩」より荻窪(おぎくぼ)の地名に使われている「荻」のほうが形をすぐに思い出せるので、「おぎくぼじゃなくてハギ」と心の中でとなえながら校閲します。間違いやすい漢字が自分に身近な名詞に使われている場合は、それとセットにして覚えてしまうと便利です。
見逃された間違いは?
これらの事例説明のあと、実際の紙面に間違いを紛れ込ませた「ダミー紙面」を用いて、実際に記者のみなさんに20分間校閲作業をしてもらいました。どこに間違いがあるか、何個間違いがあるかはないしょにしたまま。
組み込んだ間違いはなんと28個! 校閲の先輩からは「ちょっと作りすぎじゃないの……?」なんて心配されていたのですが、そこはさすが記者のみなさん。全員で22個もの間違いを見つけてくださいました。これには我々もびっくりしてしまいました。
見つけられなかった6個のうち、いくつかをご紹介します。
「『しっかりとした土台の上に、できるだけ幅広い人材を登用したい』と『土台』を協調」
「投票率は61・74%で、選挙戦になった2012年総裁選の62・51%から微増した」
読者のみなさんはわかりましたか?
「『しっかりとした土台の上に、できるだけ幅広い人材を登用したい』と『土台』を強調」
「投票率は61・74%で、選挙戦になった2012年総裁選の62・51%から微減した」
「なんだ、そんなのも見つけられなかったの?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。けれど、新聞を開いて、この間違いがあの言葉の海の中に紛れ込んでいると想像してみてください。どこに間違いが潜んでいるか誰も知らない中で、この「たかがこれくらい」を見つけるのは意外に困難なことなのです。
体言止めの効用
質疑応答では、鋭い質問も出ました。記者ならではの質問だなと思ったのが「体言止めはありなのか」というもの。
体言止めとは、名詞や代名詞で文章を終えることを指し、たとえば「~を報告。」「~で原稿を執筆。」などがそれにあたります。
体言止めは、多用しすぎると文がブツブツと切れている印象を与える側面もありますが、うまく使えば文章にリズムを与える役割もあります。ですから、新聞でもコラムなどでは意外と使われているのを見るかと思います。
それでは普通の記事での体言止めはよくないのかというと、それも校閲から指摘することは多くはありません。
たとえば「記事を作成している時点では行われる予定のこと」が「新聞が配られた時には既に行われている」ことがあります。式典など、進行の見通しが明確な時に限りますが、作成段階では「~した」とは書けないところを体言止めにすることで、違和感なく読めるようにするわけです。
また先ほども説明したように、記者がリズムをとるために紛れ込ませていることもありますから、必ず手を入れるというわけではありません。
人が変われば指摘も変わる
ダミー紙面の上でも、こちらが用意した間違い以外に「これはどう思うか」といくつも指摘をいただきました。
これは実際の校閲作業に似ていて、各自が違う視点から読むことが、1人では気づけなかった「ひっかかり」を見つけることにつながります。
校閲作業に「絶対」はなく、人が変われば指摘も変わるのがこの仕事なのだと改めて気づかされた研修会となりました。
何十年やっても完璧にはこなせない仕事だと言われているけれど、今日は昨日より一つでも多くの「ひっかかり」を見つけられるよう日々精進しなければ――と、そっと襟を正したのでした。
【斎藤美紅】