2024年9月に開かれた「国語辞典ナイト20」のリポート後編です。辞書づくりにまつわるプレゼンを楽しみますが、辞書の語釈をみんなで考えてみようという企画も。さて、筆者の考えた語釈は――。
2024年9月23日昼、東京・渋谷で開かれた「国語辞典ナイト20」のリポート後編です(前編はこちら)。
登壇者は、司会のエッセイスト、古賀及子さんと、ライターの西村まさゆきさん、三省堂国語辞典(三国)編集委員の飯間浩明さん、辞書マニアで校閲者の稲川智樹さん、辞書マニアで校閲者の見坊行徳さんのレギュラーメンバー4人、それにゲスト、国立国語研究所准教授で岩波国語辞典編者の柏野和佳子さん。
「辞書は誰でも作れる!」をテーマに次々プレゼンが繰り広げられます。
【神尾春香】
目次
飯間さん、類語辞典の欄外を担当した話
3人目の飯間さんは「2005年刊行『三省堂類語新辞典』の欄外を担当した話」。
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そろそろ見慣れてきてしまったけど、やっぱりクオリティーがおかしい。今日って「ロゴデザイン・ナイト」だったっけ?
この辞典の欄外(下部)に、同じページに収録されている言葉が使われた名言・名句を掲載するというものです。
作業当時、インターネットはまだ今ほど普及していません。「日本詩人全集」全34巻や「新潮現代文学」全80巻をそろえたり、近所の図書館をいくつも回ったりして探していきます。名言・名句を探す単語も、「空」や「風土」のように見つけやすいものもあれば、「ガソリンスタンド」「バスケットボール」「主語/述語」なんてものも……。気の遠くなるような作業です。
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「バスケットボール」の出てくる詩、あるんだ……
飯間さんが実感したのは「実例を集める大切さ」でした。確かに校閲の仕事をしていても、一つの文言にいくつもバリエーションが見つかり、正確な表記・出典を探すのに苦労することはしばしばあります。
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至っている、「境地」に……!
なお、この辞書は「新明解類語辞典」として15年に改めて刊行されていますが、欄外情報は全て削除されたそうです。あんまりな結末だ……。
稲川さん、子どもでも、辞書つくれます
プレゼンタイム最後は、稲川さん。子どもの頃に作った辞書の話です。
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既視感のあるタイトル。やはり「ロゴデザイン・ナイト」だったか……
時は小学生時代にさかのぼります。ドラえもん好きが高じて、辞書を作ろうと思い立った稲川さん。あらほほえましい……と思いきや、その内容は「ほほえましい」なんてものではなく、かなり本格的。
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体裁がもう完全に辞書。小学生レベルじゃない
有名な「タイムマシン」から、明らかにモブキャラっぽい「片倉」少年まで、第1巻に出てくるものが全て収録されていそうな詳しさです。
辞書を作る方法は、立項する言葉を小さな紙に書いて集めていくもので、「大日本国語辞典」編者の松井簡治と同じ。
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自然とこの方法にたどりつくとは、天性の辞書人?
中学生の頃には、広辞苑を引いても載っていなかった言葉を集めた「裏広辞苑」なるものを作成。総項目数400語で、最新の広辞苑では掲載されている語もあるそうです。
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「裏広辞苑」。「インスパイア」「瞬殺」など、載っていてもおかしくない単語も
ちなみに三省堂国語辞典だと、このうち当時の版で約80、最新版で約160が掲載されていたそうです。さすが「新語の三国」。
「辞書はだれでも、子どもでも作れる」と総括されていましたが、これに関しては筋金入りの辞書マニアによる稀有(けう)な例の気がしなくもないような……。
みんなで辞書づくり
さて、プレゼンタイムが終わり、今日のタイトルにもなっている語釈づくりのコーナー。ここまでに視聴者・観覧者が送信した語釈を登壇者が吟味し、一部を紹介していきます。まずは「ごはん」。
筆者の書いた語釈は「①米を炊いたもの②広く食事全般」でした。
紹介された語釈の一つがこちら。
なるほど、②の用例「ごはん食べに行こう」は筆者の思いつかなかったものでした。お題を出した柏野さんも、この「新しく関係を作るための時間」としての「ごはん」の意味が出てくるか、興味を持っていたそうです。「米を炊いたもの」や「食事全般」の意味は思いつくところですし、辞書にも載っています。一方で「食事を介して他者と共有する時間」、特に「人と会って関係を始める、深めるきっかけ」としての用法は、確かにありますね。
続いて二つ目は「おちゃめ」。
筆者は「人のちょっとした欠点や変わったところが、かえって魅力的なこと」と書きました。
紹介された語釈の一つがこちら。
「普段は生真面目な人物」「落差」というのが面白いです。他にも、ちなみに「令和では聞かない」なんて語釈も……。実は、辞書に載っている「茶目」「お茶目」には、あまりかわいらしいイメージは見いだせないそうです。広辞苑7版は「茶目」の項で「子供っぽい、滑稽じみたいたずらをすること。また、その人」、岩波国語辞典8版も「子供っぽい、こっけいないたずらをすること。そういうことをする性質・人」としており、確かにかわいらしさはにじんでいません。
一方で、集まった語釈からは「かわいい」ニュアンスが読み取れます。岩波国語辞典や広辞苑の新版が出たら、「茶目」の語釈がどうなっているか、確かめてみたいですね。
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岩波国語辞典は「お茶目」の項にも興味深い説明が。用例の出典に目を見張りました。辞書に載ることもあるのだなと、改めて身が引き締まる思いです
最後は「アイドル」。紹介された語釈を二つ載せます。
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どれもうなずけます。2枚目②はネガティブな使い方。確かに「アイドル的人気」という表現はありますね。対象の中身をよく知らない人まで、外面だけ見て盛り上がっている、といったようなニュアンスでしょうか。
出題の理由は、柏野さんが岩波国語辞典の改訂時、「クラスのアイドル」「アイドルはトイレに行かない」というような時の「アイドル」について、その意味するところを載せきれなかったという思いから。
「偶像」から転じているだけあって、やや信仰に近い思いの強さを感じる語釈もあります。
筆者は最後なので(?)少し冒険して、「①偶像。人の目を惹きつけ、心を奪って離さない、手の届かない存在②日本の音楽ユニット・YOASOBIの代表曲」としました。
職業アイドルを含め、「推される」存在としての性質を考え「人の目を惹きつけ、心を奪って離さない存在」としたのですが、改めて読むとパートナーの顔が浮かんでしまったので「手の届かない」を加えました。職業アイドルはもちろん、「クラスのアイドル」も、「高根の花」のような、手の届かないところから眺めている感じがありますよね。
②のYOASOBIの楽曲も、今出題するということはこれか?と思ったのですが、特に触れられませんでした。ストリーミング時代の歴史的なヒット作のため、中型以上の辞書にいつか載る……かも? デジタル大辞泉プラスあたりは載せそうです。
三つの単語の語釈の紹介を終え、これにて国語辞典ナイト20は終了。登壇されたみなさんの、国語辞典や言葉に対する情熱の片りんに触れられた気がしました。
三つの単語に対する語釈も、なるほどとうなずけるものばかり。辞書に載っていない言葉や意味合いが多くあることも改めて実感し、校閲記者としても有意義な時間をいただきました。
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