職場の同僚がどんな辞書を携帯しているか見回してみると、「新明解国語辞典」(三省堂)が最も目立ちます。「日本で一番売れている国語辞典」という触れ込みはだてではありません。この辞書はユニークな語釈が多いことで有名です。たとえば「明鏡止水」を第7版で調べますと、
〔曇りの無い鏡と静かにたたえた水の意〕心の平静を乱す何ものもない、落ち着いた静かな心境。
――と、ここまでは普通ですが、この後にこんな注釈があります。
〔不明朗のうわさが有る高官などが、世間に対して弁明する時などによく使われる〕
本当に「よく使われる」のか分かりませんが、よかれあしかれこういうところにこの辞書の個性が表れます。
ちなみにこの辞書は「明鏡」単独では立項していません。これに対し「明鏡国語辞典」(大修館書店)では、「明鏡止水」の前に「明鏡」も掲げています。「曇りのない、澄みきった鏡」という語釈の後に「高く―を懸ける」という用例があります。意味は「真実を見透す、明るい鏡を高く掲げる。鋭い洞察力、頭脳明晰(めいせき)、また、公明正大のたとえ」とあり、この辞書が自己言及しているようにも受け取れます。
では「明解」という言葉について新明解国語辞典はどう記しているでしょうか。校閲としては、使い分けに困ることの多い「明快」との区別をメイカイに(この場合どっちでしょう?)説明してくれているか気になります。
めいかい 一【明快】〔-な -に〕 その人の考え方やその時の説明の仕方に、あいまいさが無く筋が一貫していると思われる様子だ。「-な結論をくだす」 二【明解】①(簡潔で)要領を得た解釈。②〔-な〕いちいち説明されなくても、その意味するところがよく分かる様子だ。
語釈だけを見ると、例えば「漢字の使い分けをメイカイに説明する」という場合、どちらでも使えるような気がしてきます。ただしその語釈の前に小さい字で「明快」には「-な -に」、「明解」②には「-な」と付いているのがミソ。編集方針によると「-な」「-に」の併記は「名詞のほかに連体形に『な』、連用形に『に』の用法」、単独の「-な」はこのうち「一般には連体形の用法だけのもの」ということです。とすると「メイカイに説明する」は連用形ですから「明快」が適切ということになります。そういう使い分け方があったのかと目からウロコの思いがしました。
ここでまた明鏡国語辞典を持ち出してきましょう。「明快」の後に並んだ「明解」はこうあります。
《名・形動》はっきりとわかりやすく解釈すること。▷書物の題名に冠することが多い。「-な説明」「-な注釈」「字義-」などと使うこともあるが、一般には「明快」で十分である。
これも明快に「明快」の使用を勧めています。「書物の題名」とあるのは多分「新明解」を意識したものでしょう。
他の辞書では「明解」に形容動詞としての用法を認めていないものもあります。さらに驚いたことに「明解」を見出し語として載せていない辞書も見つかりました。「一般語としては必要ない」という方針なのでしょうか。ちなみに特に名を秘すこの辞書は、サンキュータツオ「学校では教えてくれない!国語辞典の遊び方」(角川学芸出版)で新明解国語辞典のライバルと位置付けられています。いや、「明解」採否とは関係ないと思いますけど。
【岩佐義樹】
読めますか? テーマは〈回顧〉です。疾う答えとう(正解率 48%)「とうの昔」の「とう」。平成も四半世紀たとうとしている。昭和は既に遠い昔だ。とはいえ「遠の昔」は誤字。「とう」は「疾(と)く」(早くという意味)の音変化だからだ。「...