Aくんは国語が得意な中学生。漢字テストではいつも満点なのに、この日は漢字の読みを聞く設問で、稲妻(いなずま)を「いなづま」と書いてしまい減点されてしまいました。早速広辞苑で調べてみると、確かに「いなずま」で載っています。しかしAくんにとある疑問が。「なんで『稲』と『妻』なのに『いなづま』じゃないんだろう。人妻の読みは『ひとづま』でしょ」。あなたはAくんの疑問に答えることができますか?
私も校閲記者になる以前は「いなずま」と「いなづま」、どちらが正しいかしばしばわからなくなりましたが、Aくんのように真面目ではなかったので、辞書をひくことはありませんでした。しかし、仕事中に「いなづま」とルビが振られた原稿と「再会」したのを機に、言葉に携わる仕事をしている身として稲妻について調べてみました。
Aくんの疑問を解決するカギは「現代仮名遣い」にあります。現代仮名遣いでは「ず」と「づ」の使い分けについて、「『ぢ』『づ』は2語の連合で生じた場合以外『じ』『ず』を用いて書く」と定めています。ここでいう「2語の連合」とは現代語の意識で二つの言葉に分解できるものを指し、例えば「人」の「妻」と分解しても意味が通る「人妻」(ひとづま)はこちらにあたります。一方、稲妻は「稲」の「妻」と二つの漢字にばらしてしまうと、大半の人は雷光=稲妻を連想しづらいですよね。そこで2語に分解しにくい言葉として「ず」を使うというわけです。
ただこの原則は、一部の語について次のような例外が存在します。「現代語の意識では一般に2語に分解しにくいものは『じ』『ず』を用いて書くことを本則とし、『いなづま』のように『ぢ』『づ』を用いて書くこともできるものとする」。すなわち本則はあくまでも「いなずま」ですが、稲妻の場合「例外規定」によって「いなづま」と書くことも認められているのです。ということは、「いなずま」が模範解答ではあるものの、Aくんの解答を間違いと決めつけるのも「間違い」だといえます。
「なるほど」。一つの大きな疑問が解けてすっきりしたAくん。しかし、説明の中でどうやら気になったところがあるようです。「現代語の意識では2語に分解しにくいとはいっても、元々は『稲』の『妻』からきているのかな」
さすがAくん。その通りです。元来、稲の結実する頃には雷が多かったため、雷光が稲と「結婚」することで実ができると古代では信じられており、そこから稲妻という言葉が生まれたようです。現代ではその本来の意味が薄れてしまいましたが、語源としてはやはり「稲」の「妻」だったわけですね。
「へえ。普段全く意識したことはなかったけれど、稲妻って稲の奥さんだったんだね」。おっと、そう考えてしまうのは早計です。実は古語における「妻」は配偶者の一方を表す言葉で、夫と妻どちらにも使えたのです。実をつけるということから考えても、この場合稲が「女性」にあたり、その「妻」は「夫」となります。稲が穂をつける上で、稲の夫である稲妻が重要な役割を果たしていたと考えられていたのです。
稲妻という言葉の奥深さに触れ、Aくんはますます言葉の世界に興味を持ったようです。私も負けじと辞書を片手に正しい日本語の知識を深め、日々の仕事に役立てていきたいと思います。
【佐原慶】