10月の記事で「きょう東京で初めてホトトギスが鳴いた」とありました。調べても疑問は深まるばかり。問い合わせた当時の新人校閲記者をほとほと仰天させた「正解」とは? 毎日新聞の過去の校閲ページから季節の話題です。
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ホトトギスは夏鳥のはずだが…
インターネットで検索ワードを打ち込んで、知りたい情報がポンと出てくる――それが当たり前になったのはいつごろからだろう。現在では考えられないが、それ以前の私たちは、手近にある辞書や百科事典、手作りのスクラップブックや書き込みノート、そして頭の中にある情報を頼りに校閲をしていた。
駆け出しの私は、自分が違和感を抱く文章や事柄については諦めがつかず、それが拭えるまで調べをやめられないでいた。そう、あの時も。
10月のとある日の天気概況で「きょう東京で初めてホトトギスが鳴いた」という一文が目に留まった。ふーん、ホトトギスも初鳴きを観測するのか。ウグイスは春の訪れとして「初鳴き」が話題になるし、桜の開花もそうだけれど、確か気象庁が観測して発表するはず……と思いつつも、ホトトギスもそう? ホトトギスってこの時期? そういえばホトトギスの鳴き声は?と知らないことばかり。
問い合わせると、実は!
辞書を調べると、「テッペンカケタカ」や、早口言葉でおなじみの「東京特許許可局」がホトトギスの鳴き方だと紹介があるので、特徴のある鳴き声は「初鳴き」が注目されるのかしら。ただ気になるのは、辞書がホトトギスを軒並み夏鳥と説明していることで、冬を東南アジアで越し、初夏に日本に渡ってくる鳥なのに、初鳴きは秋なのかな、と疑問は膨らむばかり。
教養不足の身。「ホトトギスの初鳴きの声」は「卯(う)の花の咲く頃(5~7月)」と看破できればうれしかったのですが、「卯の花の匂う垣根に ほととぎす早も来鳴きて 忍び音もらす 夏は来ぬ」と歌う唱歌「夏は来ぬ」は学校で習っておらず、「枕草子」も試験用に有名な部分の拾い読みをしただけでは、清少納言が卯の花の咲く時季にホトトギスの声を聞きに出かけるところまでは行き着けず、結局確認をと、出稿部に聞いてみることに。「あのー、ホトトギスは夏鳥のようですが、きょう初鳴きで間違いないでしょうか」
すると、「『鳴いた』は『咲いた』の間違い。ありがとう」という答えが返ってきた。えー、主語が違うのではなく、述語のほうが違うの? ホトトギスって咲くのー?
夏と秋をつなぐ貴重な思い出
……咲くのでした。ユリ科で、白地に濃紫色の斑点のある花びらの、その姿がホトトギスの胸の模様に似ているから名付けられた秋に咲く花だったのです。季語でも植物のホトトギスは「秋」に収録され、句に詠まれる花でした。
たった一文字でモノも季節も違ってしまうところでしたが、校閲という仕事の恐ろしさと一筋縄ではいかない奥深さを実感させられました。
今も私の心に刻みつけられている「夏」と「秋」をつなぐ貴重な経験となっています。
【幅真実子】
(2016年8月13日毎日新聞「校閲発 春夏秋冬」より)