人口10万人当たりの新規陽性者数、病床使用率、ワクチン接種率――。新型コロナウイルスの感染拡大は科学的根拠の重要性を広く認知させる契機になりました。政府や学者によるデータ公開の動きも活発で、記事中にも今まで以上に多くのデータが盛り込まれるようになりました。また、情報の真偽を検証する「ファクトチェック」や、「オシント」(オープンソース・インテリジェンスの略)と呼ばれる公開情報を用いた分析手法による報道が注目されるなど、事実確認の必要性は高まるばかりです。そんな状況を踏まえ、以前公開したブログよりもやや踏み込んだ「調べ方」を、実際の毎日新聞の記事を交えて説明していきます。
目次
Our World in Data
こんなデータを調べるには英オックスフォード大の研究者らの統計サイト「Our World in Data」のCoronavirus Vaccinationsがおすすめです。
左上の検索窓で国名を入力し、下部のバーで日付を選ぶと、
コンゴ民主共和国のワクチン接種率が表示されます。ワクチン接種完了率(Share of people with a complete initial protocol)は0.56%とあり、四捨五入して0.6%という数字が正しいことが分かります。
このサイトでは国別だけでなく地域別の状況も確認できます。7月3日現在でもアフリカの接種完了率は19%と他地域に比べ大幅に低く、ワクチン格差が解消されていない現状が見て取れます。
さらに、所得層別の100人当たりワクチン接種回数やブースター接種者の割合などワクチンにまつわるあらゆるデータを調べることができます。
厚生労働省「医療提供体制等の状況」
厚生労働省の「都道府県の医療提供体制等の状況」では都道府県の病床使用率が見られます。記事に合わせ4月8日更新のファイルを見ると確かに50%以上の都道府県はなく、最も高いのは埼玉県の38.5%。記事では四捨五入した39%という数字を使ったようです。
重症患者用の病床使用率、PCR検査の陽性率なども、前週と比べた増減率とともに示されており、感染状況の良化、悪化がはっきり分かります。
総務省「選挙結果調」
戦後全ての参院選の女性候補者数と当選者数のグラフ。見るだけで嫌になりそうですが、ともかく選挙に関して最強のデータである総務省の「選挙結果調」に当たります。しかしこの結果調、情報量が膨大なので、短時間で狙った数字を探すには経験を重ねることも必要です。
参院選の「結果調」に掲載されている「令和元年7月21日執行参議院議員通常選挙結果調」の5ページに下記データを発見。これで女性候補者数の推移が分かります。
女性の当選者数については35ページに過去の一覧が掲載されていました。
あとはグラフが正しく描かれているか突き合わせていけばOKです。
次のような記事の場合は衆院選・参院選両方の結果調を見なければなりません。
先ほどの参院選の結果調から「通常選挙における党派別得票数の推移」を見ると、第16回参院選(1992年)の比例得票数は641万5503票(青枠部分)。その後第25回(2019年)に653万6336票となるまでは700万票以上を獲得していることが分かります。
続いて衆院選の結果調から「衆議院議員総選挙・最高裁判所裁判官国民審査 確定結果」の「第48回衆議院議員総選挙・最高裁判所裁判官国民審査(29.10.22執行)」を確認します。「党派別得票数の推移」を見ていくと、青枠で囲った第48回衆院選(2017年)で697万7712票になるまでは700万票を確保しているのが分かります。
※1995年参院選、96年衆院選は新進党の得票数
今回の参院選でも、党派別当選者数や投票率など、過去の選挙結果を調べるためにはこの「結果調」が大活躍しました。
日本銀行「時系列統計データ検索サイト」
日銀の時系列統計データ検索サイトで、ドルに対しての円相場を時系列で追うことができます。まずは「主要指標グラフ」の「為替」を選択して円とドルのグラフを表示させ、何年あたりが円安だったかを把握します。
135円を超えていそうなのは1998年が最後。これに基づき、先ほどの検索サイトから「主要時系列統計データ表」の「マーケット関連」→「為替相場」とたどっていきます。ここで毎日の数字を見ることができ、1998年10月5日午後5時時点では135円76銭だったことを確認できます。
その後グラフは円高方向に振れており135円をつけた気配はないので、原稿は正しいと判断してよいでしょう。
為替や株の原稿は「〇年○月以来」というデータとともに書かれることが多く、調べるのは一筋縄ではいきません。日経平均株価であれば、日経公式サイトの「上昇・下落記録」 や「ヒストリカルデータ」などを参照することで裏付けが取れることが多くあります。
外務省と内閣府の「主要経済指標」
外務省の「主要経済指標」(ページの一番上のPDFファイル)には主要国の国内総生産や失業率など経済指標のデータがまとまっています。失業率を探してみましょう。
月ごとの数値は直近1年分しか載っていません。記事が書かれた当時であればこれで確認できたはずですが、今となってはこのファイルでは確認できません。
そこで次に内閣府の「主要経済指標」に当たってみます。過去のデータがまとまっており、かなり網羅的に確認することができます。
まずは2020年11月のデータが知りたいので、少し後の2021(令和3)年1月のページから、「主要経済指標の国際比較」というファイルを参照します。
これでユーロ圏の失業率が確認できました。同様に2月と7月の失業率も調べることができます。
国際通貨基金「World Economic Outlook」
では、外務省や内閣府の資料に記載のない国のデータはどうすればよいでしょう。国際通貨基金のWorld Economic Outlookには主要国以外の国でも多くの経済データの記載があります。例えば、
を調べようと思ったら検索バーに「kosovo」と入力、「Unemployment rate」(失業率)から2017年にカーソルを合わせます。30.5%という数字が表示され、確かに3割を超えていました。
他にも人口やGDP、物価上昇率などの時系列データを見ることもできます。
ノーベル財団
毎年必ず登場するノーベル賞の記事の確認には、ノーベル財団のデータが何よりも信頼できます。これまでの全受賞者だけでなく、「最年少/最年長のノーベル賞受賞者」「複数のノーベル賞受賞者」など記事で書かれそうな(!)項目別のデータ集もあり、校閲記者にはありがたいサイトです。
「データ集」から「List of all female Nobel Prize laureates」(女性受賞者一覧)のページを開いてみると、
アンドレア・ゲズさんが確かに4人目のノーベル物理学賞受賞者であることが確認できました。
このようにまとめてみると、取材記者が原稿で提示する非常に詳細なデータも公開情報によって裏付けることが可能だということが分かります。もちろん独自の調査報道で出てくる数字などはお手上げですが、一校閲記者といえどもできることは少なくありません。しかしニュースにおいては「正確性」と同様に「速報性」も重要です。すぐに調べられるものは何か、校閲では分からないものは何か、その都度判断することが求められます。スピードと正確性のバランスをうまく取りながら校閲する。難しいことですがいつも意識しています。
【本間浩之】