「爪痕を残す」という表現の使い方について伺いました。
目次
半数近くは「違和感あり」
スポーツ選手が、大事な一戦で「爪痕を残したい」――どう思いますか? |
「活躍して強い印象を残したい、成果を上げたい」という意味だと思う 16.5% |
「結果はともかく、もがき努力した証しを残したい」という意味だと思う 34.3% |
「爪痕を残す」は災害の影響など良くないことを指すのが普通で、違和感がある 49.3% |
半数近くの人が、「爪痕を残す」を肯定的な意味に用いることに違和感があると回答しました。残りの半数は、「もがいた証しを残したい」という意味だと思う人が、「成果を上げたい」の意味だと思う人より多くなりましたが、受け手によって捉え方が大きく異なり、扱いには気をつけたい言葉と言えそうです。
肯定的な用法は近年のもの
「爪でひっかいた痕」を表す「爪痕」について、多くの辞書が「比喩的に、台風やなだれ、また、大きな事件などが残した無残な被害や影響などをたとえていう」(日本国語大辞典)といった意味を載せています。毎日新聞のデータベースで過去に「爪痕を残(す、した)」が使われた例を調べると、「震災の爪痕」「台風の爪痕」といった辞書通りの使用例がほとんどでした。
ところが近年は反対に、問題文のようにポジティブな意味で用いる例が増えているようです。スポーツや芸能の分野で多く、一度きりの舞台について思い入れを語る場面などでよく使われます。
NHK放送文化研究所のウェブサイトでは、「(すばらしい演技をした場合に)今回の出演で爪痕を残すことができた」と表現することを「おかしい」と感じる人の割合が、若い世代では低く、年代が上がるにつれて高くなるとの調査結果が紹介されています。
大きな爪と小さな爪
「豪雨は列島各地に深い爪痕を残した」という場合、各地で木々や電柱が倒れ、道路が冠水し、家屋が倒壊、人々の心にダメージが残り続けて消えない……といった状況が思い浮かびますが、ここでの「爪痕」は「鋭く巨大な爪(強大な力)でもって深くえぐり取る」イメージです。爪でひっかけば傷ができるので、「被害」を表す比喩としてもわかりやすく、適切です。
一方で「大事な一戦で爪痕を残したい」という場合、ひっかいてできる傷を、悪いもののたとえではなく、良い性質のものと読み替えています。これを許容できるかどうかにまず年代差や個人差がありそうです。さらに、どんなサイズの爪でひっかいてどの程度の傷が残るのか、受け手は想像するしかありませんが、「巨大な爪で深くえぐる」のか、「小さな爪で懸命にひっかく」のかで印象が変わってきます。
今回のアンケートでは2番目の選択肢を選んだ人が比較的多かったことから、「爪痕」を大規模なものというより、「ひっかき傷」のような感覚で捉える人が多くいることがうかがえます。スポーツ選手のインタビューなどでは、強いマイナスの言葉をわざと用いることによってインパクトを与えようとする意図もあるかもしれません。
意図が伝わるか考えたい
元々の語義は単に「爪でひっかいた痕」なので、そこから想像を広げて新たな表現を試みる自由はあります。しかし、アンケートの結果は、受け手によって捉え方が大きく異なる現状を示しており、これでは話し手の意図がうまく伝わらないことになってしまって残念です。本来の比喩表現から逸脱した使い方であることに、違和感を覚える人が半数近くいることも無視できません。
受け手に解釈を委ねすぎず、話し手の意図になるべく近くなるように言葉を補ったり、言い換えをしたりする手当てが必要な表現だと言えそうです。
(2021年06月18日)
爪でひっかいた痕を表す「爪痕」について、「比喩的に、事件・災害が残した被害や影響」(広辞苑)といった意味を多くの辞書が載せています。「豪雨は列島各地に深い爪痕を残した」のように用いられ、本来はネガティブなニュアンスのある比喩表現ですが、近年では「成果を上げる」「結果を残す」のようなポジティブな意味合いで用いられる例もあるようです。
元が「爪でひっかいた痕」であることから想像を膨らませれば、「自らの痕跡を刻みつける」イメージで、良い意味に捉えることもできるでしょうか。あるいはやはり爪でひっかくことは「傷をつける」ことに結びつくから、比喩だとしてもネガティブな印象を拭えないでしょうか。
良い意味で使うとしても、「成果を上げて自分を印象づけたい」と「もがいて努力した証しを少しでも残したい」とでは、前向きさの度合いが異なります。せっかくの比喩も受け手によって捉え方が変わるとしたら、話し手の意図はうまく伝わらないことになってしまいます。皆さんはどのような意味で受け取りますか?
(2021年05月31日)