読めますか? テーマは〈都道府県名の一部を使う言葉〉です。
目次
市井
しせい
(正解率 89%)人家の集まっている所。昔、井戸のある所に人が集まったことからという。「井」は常用漢字だが小学校で学ぶ漢字とされていなかった。このほど都道府県名に用いる漢字を小学校国語で全て学習する案が了承され、福井県の井の字も学ぶ方向になった。
(2016年05月30日)
選択肢と回答割合
しい | 10% |
しせい | 89% |
ししょう | 2% |
崎陽
きよう
(正解率 86%)長崎の別称。江戸時代の漢学者が中国風に呼んだという。シューマイで有名な横浜の「崎陽軒」は創業者が長崎出身であることにちなむ名という。
(2016年05月31日)
選択肢と回答割合
さきよう | 6% |
きよう | 86% |
さきひ | 8% |
沖しきが若く
むなしきがごとく
(正解率 33%)からっぽであるかのよう。江戸期の画家、伊藤若冲の名は老子の「大盈(たいえい=充満したもの)は沖しきが若く」に由来するという。沖縄県の「沖」を海のことに使うのは日本的用法で、中国では「むなしい」という意味もある。「冲」は「沖」と実質的に同じ字。
(2016年06月01日)
選択肢と回答割合
むなしきがごとく | 33% |
はなはだしきがごとく | 33% |
おおしきがごとく | 34% |
潟湖
せきこ
(正解率 43%)外洋から切り離されてできた湖。北海道のサロマ湖、秋田県の八郎潟など。「せき」は新潟県の潟の字の音読みだが、潟湖に「かたこ」の読みを併記する辞書も一部ある。
(2016年06月02日)
選択肢と回答割合
せきこ | 43% |
がたこ | 32% |
しゃこ | 25% |
熊掌
ゆうしょう
(正解率 36%)熊の手のひら。中華料理で美味として珍重される食材。なお熊本に来ることは音読みで「来熊(らいゆう)」という。
(2016年06月03日)
選択肢と回答割合
くまで | 53% |
ゆうしょう | 36% |
のうしょう | 11% |
◇結果とテーマの解説
(2016年06月12日)
秋田・男鹿半島と八郎潟
この週のテーマは「都道府県名の一部を使う言葉」。きっかけになったのは5月18日朝刊の次の記事です。
次期指導要領案:全都道府県名、漢字で 小学校国語に20字追加
これらの字はあくまでも都道府県名のために学ぶのであって、その他の一般語に及ぼす意図は感じられませんが、ふだん固有名詞でしか見ない字にどんな別の読みがあるのかを知るきっかけになるかもしれません。
まず「井」の字。小学校では教わらなかったのも意外でしたが、中学生の漢字の割り当てをみてさらに、セイの音読みも中学では学ばなくてもよいとされていることを知りました。義務教育では「井戸」の「い」の訓と、「天井」のジョウの音読みさえ教えればよいというわけです。そういえば、常用漢字表にセイは掲げられてはいますが、「市井」「油井」なんて特定分野以外の人は知らなくても日常生活に困ることはないかもしれません。しかしさすがに、この週の漢字クイズでは最も正解率が高くなりました。なお、語源としては「昔、井戸のある所に人が集まったことから」に限らず「市街では道が井の字の形をしているから」という説もあります。
「崎陽」が読める人が多いのは、シューマイで名高い「崎陽軒」の本拠である横浜市に集中している、とは限りません。86%の正解率からは、地域性を超えたものを感じます。ところで長崎に来ることを漢字2文字で表すとすれば「来崎(らいき)」というそうです。「来長」だと長野に来ることみたいだからかと思いましたが、「崎陽」という熟語が先にあったからという可能性の方がありそうという気がしてきました。
今回最も難問だった「沖しきが若く」は、生誕300年でブームの伊藤若冲にちなんだ問題。冲は沖の異体字ですから「若沖」と書いてもよいというか、むしろ「若沖」の方が新聞の字体原則にのっとっているはず。ですが、「沖」と「冲」が実質的に同じ字ということがどれだけ知られているか分からないため、暗黙の了解のもとに「若冲」と書いています。
それはともかく、若冲の名の由来として「大盈(たいえい=充満したもの)は沖しきが若く」と書いたところ、「今のいろいろな発展はむなしいという思いが強くなる」というツイートをいただきました。もともと老子の文の紹介が一部だけだったためそういう反応が出るのも無理ありませんが、おそらく老子がいいたかったのはそういうことではないでしょう。もう少し前後を記します。
大成は欠くるが若(ごと)く、其の用は弊(すた)れず
(ほんとうに完全なものは欠けたところがあるかのようであって、そのはたらきはいつまでも衰えることがない)大盈は沖しきが若く、その用は窮まらず
(ほんとうに充満したものはからっぽであるかのようであって、そのはたらきはいつまでも尽きることがない)金谷治「老子」講談社学術文庫
「むなしい」と読む部分が「からっぽ」と訳されています。「沖」の字のイメージとは違いますね。海のことで「沖」を用いるのは日本語独自の用法で「海洋国家日本らしい一種の誤解」(「円満字二郎「漢字ときあかし辞典」)。老子の用いる「沖」は本来「盅(中の下に皿)」の字で、「からっぽ」を表すとのことです。その解釈で先の一文を読むと、「むなしい」という無常観とはまるで違ってきます。ただ、「発展はむなしい」という感想もいかにも「諸行無常」の平家物語的日本的精神を表すもので、面白いと思います。
「潟湖」は主な辞書では見出し語で載せないか、「空見出し」にして「潟(かた)」に誘導しています。しかし新聞ではけっこう使われています。最近、あるコラムに「潟湖(かたこ)」とルビが付いたものがあって、大辞林などの辞書が空見出しにしていることから、はて単なる「潟」に直したほうがいいのかなあと思ったことがありました。しかし意外に、高校生からを対象にした小型辞典「角川必携国語辞典」に「せきこ」の見出し語で載っていたので、自信を持ってルビを直すことができました。やはり辞書はいろいろ調べるべきですね。
「熊掌」の熊の音読みが難問でした。音読み熟語としてはほかに「熊胆(ゆうたん)」というのがありますがいずれもあまり一般的ではないと思います。しかし熊本では知られている音読みなのでしょうか。今年4月「漱石来熊120周年」というイベントがあったのですが、ルビがないと普通「らいくま」と読むのではないでしょうか。おそらく公式には「らいゆう」が正しいのでしょう。しかし「らいくま」と読むのは間違いかといわれると、そもそも「来熊」という言葉は辞書にないという意味では正解の読みがない言葉ですから、「らいくま」と言ったっていいんじゃないかという気がします。