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恋愛対象は「異性」に限らない
吉村さん 今回はLGBTなど性的少数者やジェンダーなどに関わる項目を全面的に見直しました。結構これが大変でした。かなりの量だったんです。たとえば、よく話題になる「恋愛」の語釈でも「特定の異性」という言葉で述べられていたところを、今回は「特定の相手」に変えました。多様な性の存在は広く認知され、受け入れられる社会になってきていますよね。
吉村さん これは年配の編集委員の先生とかなりやり合いまして、大変時間をかけて議論しました。「先生、今はこうですよ」と伝えると、先生は「そういうのもあるかもしれない。だけど本来の意味での恋愛っていうのは、圧倒的多数が男女だ。異性だ」と。それで頑として譲らないんですよ。
ところが比較的若い編集委員の先生方は、現役で大学で教えていらっしゃることもあり、学生からやはり指摘を受けるそうです。そこから意見が上がり、それを後押しにまた私が繰り返し訴えて、やっと認めてもらいました。「先生、これ『相手』に変えてもいいですか」「じゃあいいよ」って。
――若い人たちの意見が援護射撃になって、辞書の表現が一つ変わったのですね。
吉村さん そうそう。やっぱり変化していく。
余計な話ですが、男性同士の結婚式に遭遇したことがあるんです。築地の本願寺さんに母を連れていったときに、たまたま。何が始まるのかと思ったら、男性が二人とも羽織はかまで金びょうぶの前に立って、お友達もたくさんいて、仏式の結婚式だったんです。それに遭遇しまして、ああ、いい時代になったなって。私たち今回いい機会に巡り合えたわね、素晴らしいことね、みたいなことを母と言い合ってですね。
そういう点では辞書にはまだ古い面があったのでそれを全部見直しました。荻野さんをはじめとした若い方の意見を取り入れながら、大幅に手を入れました。
一律には直せない難しさも
荻野さん 難しいんですよね。一律で直せばいいわけではない。文献に出てきて、文脈上、男女の関係を指していることが読み取れなければいけないところまで直したところ、指摘をもらって未然に防げたり。
吉村さん あえてそのままにしておくものもあります。その時代のその言葉であれば、完全に「異性」として読めないといけない。すべてを置き換えればいいわけではありません。
ただし、その言葉の元々の意味と、ある時代の評価を切り離して、そのことがはっきり分かるようにするなどの手当てをしています。
――批判される言葉として存在はするから、ということですね。
吉村さん はい、それを削るわけにいかないので。だからそういった文化的なことは補いながら、過去形も使いながら、その言葉はその言葉として説明していく。
荻野さん 結構な数でしたね。男女のことと、あと性的役割分担がみえるようなもの。
吉村さん 難しいですけれども、そういうところも辞書は時代についていかなくてはいけないので、気を使いました。
「辞書からちょっと変えていけたら」
――14年の三省堂国語辞典では「美人」という言葉をだいぶ用例からなくしたそうです。
吉村さん 形容動詞もひっかかってきますね。「しとやかな」とか。結構「女性が、女性が」って書いているものは多かったので、いかに避けるかというところで、たくさん指摘をいただきました。それは新聞も同じですよね。校閲で手を入れるのも配慮が必要ですね。
――書き手の意図を尊重することも大事なので、どこまで手を入れていいかも難しいです。
目立たない部分ではありますが、かなり手を入れたところです。「相合傘」なんていうのも変えました。「男女」をやめて「二人」にしたかな。
【まとめ・塩川まりこ】
〈新明解国語辞典8版インタビュー〉