「矢先」という言葉の使い方について伺いました。
「矢先」は6割以上が「事が起こった直後」
「矢先」とはどのタイミングを指す言葉でしょう |
事が起こる直前 28% |
事が起こった直後 62.7% |
上のどちらでも使う 9.3% |
多くの辞書がいう「事が起こる直前」だとする方は3割に届かず、6割以上の方が「事が起こった直後」の意味で受け取っていました。しかし新聞記者の多くもそのように「矢先」を使って書いてくるわけですから、校閲としては驚きではありません。
出題時の解説で引用した「明鏡国語辞典」の注「物事が完全に成就した時に使うのは慣用になじまない」は2002年の初版にはなく、2010年の2版で書き加えられたものです。編集側としても注意喚起が必要だと思うほどに「直後」の意味で使われている実態があるということだと思われます。
また「明鏡」2版では「人生を楽しんでいた矢先に急死した」という例文を挙げて、「始めたばかりでまだ物事が成就していない」時も指すと語釈を追加しました。特定の時点を指すわけではない継続的な行為については「直前」「直後」と単純に分けることはできないため、その時間が始まったばかりの段階について使ってよいというわけでしょう。他の辞書には見られない観点からの記述でした。
明鏡2版より
現在は新聞・通信各社の用語集でも、多くは「矢先」を「直後」の意味で使うのは不適切としています。しかしそれも「慣用」が理由ですから、今後慣用が変化したと認められ「直後」の意味も許容されるようになることは、今回のアンケート結果から見ても十分あり得るでしょう。そうなれば早くからその意味を認めていた「広辞苑」は大変な先駆者だったということになるかもしれません。
毎日新聞用語集より
ただしそうなることによって問題も生まれます。たとえば「試合開始の矢先」と書かれていたら、どう受け取ればいいのか。まさに始まろうとする時なのか始まった直後なのか、「矢先」が両方の意味で使われれば正確にはわからなくなります。そう考えると、使用実態を踏まえた上であっても、現在の用語ルールを守ることには意義があるとも思えます。
(2018年06月05日)
毎日新聞用語集では、「矢先」について「『物事が始まろうとするちょうどその時』に用い、始まった後なら『…した直後』〔中略〕『…のさなか』のように表現する」と定めています。しかし原稿をチェックしていて、ルール通りに「矢先」という言葉を使っていることは少なく、大抵は用語集のように書き換えることになります。
明鏡国語辞典は注を付けて「『豪邸を新築した矢先の火災』など、物事が完全に成就した時に使うのは慣用になじまない」としています。しかし広辞苑は1983年の3版で既に「事のまさに始まろうとするとき、またはその直後」と記述を変更しており(69年の2版では「またはその直後」が無かった)、もう起こった事についても使えるとしていました。辞書によりスタンスは分かれています。
本来の「始まろうとする時」という意味で使う方が時間関係を正確に伝えることはできるでしょうが、使用実態にはそぐわず難しいところです。
(2018年05月17日)