不調に陥っていた時期のような「ひそう」感は全くない――。この「ひそう」を漢字でどう書くかについてうかがいました。
目次
大きな差はつかず
不調だった時期のような「ひそう」感は全くない――どう書きますか? |
悲壮 47.3% |
悲愴 39.2% |
どちらでもよい 13.5% |
「悲壮」を選んだ人が5割近く、「悲愴」とした人が4割となりました。やや「悲壮」の方が優勢ではありますが、結果から見てもどちらを使っても問題ないといえそうです。
勇ましさを伴う「悲壮」
回答から見られる解説の繰り返しになりますが、大辞林4版によると、「悲壮」は「悲しい中にも勇ましく雄々しいところがあること(さま)。また、悲痛な思いを胸に秘めた勇ましさ」、「悲愴」は「悲しくいたましいこと(さま)」。ただただ悲しく痛ましいのが「悲愴」で、悲しさの中に勇ましさがあるのが「悲壮」ということです。
悲しみや逆境の中でも気持ちを強く持って戦いに臨む――。そんな「勇ましさ」から、スポーツの記事では「悲壮」が多く用いられているのでしょう。しかしスポーツの話題といえども、質問文のケースのように「(今も思うような結果は出ないが)不調に陥っていた時期の『ひそう』感はない」となると、悩んでしまいます。「不調期は『悲壮』だったが、今は悲しみを感じさせずに前を向いている」と考えられる一方、「今は悲しみやスランプのどん底の時期(=悲愴)からは抜け出している」とも取れるからです。
意味の差が薄れている?
悲しくも勇ましいのか、それとも悲しく痛ましいのか。書き手の感覚にも大きく左右されるため、どちらの「ひそう」を使っても問題ないことも多いです。とはいえ、毎日新聞の記事のデータベースで検索してみると、2021年の1年間で紙面に登場した回数は「悲壮」が33回、「悲愴」が5回で開きがあります。
その理由の一つとして、「愴」が常用漢字ではないことが挙げられます。新聞制作のルールでは「悲愴」を「悲痛」「悲傷」などに言い換えるよう促しています。「悲愴」を使う場合にはルビを振る必要があり、どちらでも構わないのであれば「悲壮」の方が使いやすいという新聞特有の事情は無視できません。
さらに、「壮」という字から勇ましさの意味が薄れてきていることも関係していそうです。以前取り上げた「壮絶」も、本来は「勇ましく激しい」さまを表しますが、「悲惨」「凄絶(せいぜつ)」「すさまじい」などと受け取る人が増えています。「悲壮」もそれと同様にとても悲しいさま、あるいは同じ音の「悲愴」とほぼ同義に使われるケースが多くなっているのかもしれません。
芸術作品は「悲愴」多し
一方、文化や芸術作品のタイトルでは「悲愴」がよく登場します。音楽での「悲愴」といえば、ベートーベンのピアノソナタや、チャイコフスキーの交響曲を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
ではこれらがただ悲しく痛ましい曲なのかというとそうでもなく、悲しげな旋律の中に激しさや美しさもあり、どこか「勇ましさ」を感じさせるような気もします。どうやらベートーベン作「悲愴」の原題のフランス語「pathétique」には「激情」という意味もあるそうで、次第に聴力が失われる自らの悲劇に苦しみつつ、それを乗り越えようとする彼の姿をも想起させます。だとすると、「悲壮」と書く方が適切なのだろうかという疑問もなくはないですが、ここはやはり慣れ親しんだ「悲愴」の表記を尊重したいと思います。
(2022年02月25日)
この質問文は過去の記事で見かけたくだりからのものです。とある選手が、なかなか思うような結果を出せないものの「一歩一歩前に進んでいる感覚がある」ため、「不調に陥っていた時期のような『ひそう』感は全くない」といった内容です。▲大辞林4版によると、「悲壮」は「悲しい中にも勇ましく雄々しいところがあること(さま)。また、悲痛な思いを胸に秘めた勇ましさ」、「悲愴」は「悲しくいたましいこと(さま)」であり、「『悲壮』は悲しい程勇ましく立派なことであるが、それに対して『悲愴』は悲しくいたましいことをいう」と説明しています。▲毎日新聞の記事のデータベースで調べてみると、「悲愴」は文化や芸能の記事などに登場することはあるものの、一般的には「悲壮」が用いられているようです。特にスポーツの記事では「悲壮な覚悟を語った」「(けがを押しての出場に)悲壮感が漂う」などの表現でたびたび「悲壮」を目にします。▲スポーツの試合は「勇ましさ」を表す「壮」を想起させるのかもしれませんが、質問文のような場合にもそれが当てはまるかには検討の余地がありそうです。一方で、以前「壮絶」を取り上げた際にも触れたように、「壮」からは勇ましさの意味が薄れてきており、それに伴ってたとえ勇ましくなくとも「悲壮」が使われるケースが増えているようにも思います。その流れに従えば、質問文も「悲壮」で問題ないのかもしれません。
(2022年02月07日)