by さらひと
雄大な北アルプスを望む信州・安曇野。2011年のNHKの朝の連続テレビ小説「おひさま」の舞台でもあり、清らかな湧き水に恵まれた美しい田園風景が広がる。ところで、安曇の仮名表記は「あずみ」か「あづみ」か--。12年前、松本支局に赴任して間もないころ、取材先の地元農協を「JAあずみ」と書き、同僚記者に誤りを指摘された。正しくは「JAあづみ」で、紙面化を間一髪で免れた苦い経験がある。地元では圧倒的に「あづみ」だ。ところが地名辞典や国語辞典の多くは「あずみ」と表記している。
安曇の由来は、この地に移住した北九州の豪族・安曇氏にちなむとされ、平成の大合併まで存在した南安曇郡は「みなみあづみぐん」と仮名表記していた。そして誕生した安曇野市も仮名表記は「あづみのし」だ。では、「あずみ」の根拠は何か。これは1946年の内閣告示の「現代かなづかい」で「旧仮名遣いの『づ』は『ず』、『ぢ』は『じ』と書く」としたことを受けたもの。一部で団体など組織名に「あずみ」という表記が存在する。辞典もこの告示を反映させているようだ。
日常用語ではこの告示は浸透している。「妻」の訓よみは「つま」だが、「稲妻」は「いなずま」だ。そして「うなづく」「つまづく」ではなく、表記の本則は「うなずく」「つまずく」だ。ならば「あずみ」にすべきだったのではと思えてしまう。ところが、この告示は86年に改定され、歴史や文化に深いかかわりをもつものについては「歴史的仮名遣いは尊重される」となった。安曇野市の合併協議会資料によると、この改定などをふまえ歴史的仮名遣いを採用して市名の仮名表記を「あづみの」にしたという。
「あずみ」か「あづみ」か--。漢字表記では表れてこない疑問。でも、たどってみると日本語の現代仮名遣いの歴史もからんでいて、ちょっと楽しいテーマだった。
【高木健一郎】