YouTubeチャンネル「ゆる言語学ラジオ」の2人を迎えて10月4日に開催された「国語辞典ナイト」。あまりに盛りだくさんなので4回に分けてお届けしている報告の2回目は、爆笑に次ぐ爆笑……!です。

10月4日、東京・渋谷で開かれた人気イベント「国語辞典ナイト」のリポート第2回です。ゲストはYouTubeチャンネル「ゆる言語学ラジオ」の水野太貴さん、堀元見さん。「私しか知らない国語辞典の秘密」をテーマに発表する一人一人に対して堀元さんが突っ込みを入れるという趣向で進められます。
【平山泉】
(前回はこちら)
「国語辞典ナイト」とは
2014年11月から不定期に開かれている国語辞典を楽しむイベント。国語辞典を引き比べたり、まじめに語ったりする一方、時に厳しく突っ込みを入れたり、からかったりすることもあるが、結局は会場に辞書愛をあふれ返らせて終わる。辞書を使って遊ぶ多彩なゲームも魅力。
レギュラーメンバーは三省堂国語辞典編集委員の飯間浩明さん、ライターの西村まさゆきさん、「辞書ソムリエ」で校閲者の見坊行徳さん、「辞書コレクター」で校閲者の稲川智樹さんの4人。18年の第7回には毎日新聞校閲センターの平山泉がゲストで登壇した。
西村さん、手紙文国語辞典が面白すぎ
飯間さんの「辞書は詳しくない方がいい」というプレゼンが終わり、次は西村さんの「『手紙文国語辞典』エモい文例のひみつ」。さすが西村さん、こんな辞書もあるんですねえ。問題はその中身。

手紙の文例集も載っている国語辞典なのだそうです。昔は、今でいう無料通信アプリ「LINE(ライン)」を使うような感覚で手紙を送っていたということで、

「ヘアスタイルを変えました」なんてことを伝えるための文例……要る?
しかも、よく読むと「それでも十時前には……」

ねぐら?
この文言にびっくりしながらも「この人、おれ好きかも」と堀元さん。
手紙といえば、やはりラブレター。その例文は懇切丁寧に?「ポイント」「注意」をまとめ、「応用文」が並び……
ルビコン川を!
「賽(さい)は投げられたときのやつじゃないですか!」(堀元さん)
これ以外にも、場面に分けてさまざまな文が並びます。
「旅先から愛を告げる」(女性→男性)
帰京したら、幻でない現身(うつしみ)のあなたに……。
「招待状がほしい」(男性→女性)
あなたのお家(うち)の人に、ぼくたちのことを話してくれたでしょうか。

「あなたの縁談が気になる」(男性→女性)
二度も手紙を出したのに返事がこないので、とても不安です。

なぞの文面に加え、西村さんが次々繰り出すコメントが振るっていて……爆笑が止まりません。
「相談」の手紙もあります。
「障害のある結婚について」(女性→男女)
Kさんは奥さんと離婚してでも私と結婚したいといっています。

「弟のような年下の青年を愛して」(女性→女性)

重い……とはいえ、忘れそうになりますが、あくまで架空の話。
「友を裏切ることはできない」(女性→男性)
たいへんご無礼とは存じましたが、お手紙は火中させていただきました。

問い合わせの文例も。
「慣習を問い合わせる」(男性→男性)

子犬をもらったら、その母犬のために牛肉を持って行く?という問い合わせに「牛肉を持参する慣習がある」という返事も書いてあるけど……そうなの? いや、これはあくまで文例なのだから架空の……えっと、この内容は気にしちゃいけないのか?とわかんなくなってきます。
「信用を問い合わせる」(男性→男性)

かなり具体的な問い合わせに、この返事。これはあの……。

「人物の評価について問い合わせる」(男性→男性)では、かなり困った人物のようですが、

「圭角の多い」。難しい言葉が出てきましたが、この本はそもそも国語辞典ですから、すぐ調べられ……

ない。「ええっ?」と悲鳴が上がって終わりました。
これでも随分はしょったのですが、さすが西村さんのプレゼンは相変わらず爆笑に次ぐ爆笑。堀元さんも「漫談として一級品ですね。一生聞いてられるわー。楽しいーっ」と大満足です。ちなみにこの国語辞典は1976年刊行のものだそうです。
稲川さん、辞書の品詞をめでる
次は稲川さんです。
「ひんしクイズ」として、いきなり「瀕死」の品詞は?の問い。

「名詞でしょ。辞書も『名』って書いているよね……」と思いきや、

そういえば、形容動詞としての使い方もあるよねっていうことに明鏡国語辞典は気づいているのだ――というわけで、

稲川さんは、辞書が独自に認定している品詞のひみつを語りたい!のでした。
地味な品詞の話ですが、校閲としては直しの判断にかかわるので気になります。品詞を気にしながら辞書を引くことも多いので、辞書によって異なることがあると気がついていました。
まずは形容動詞。
「鋭角」は数学では直角より小さい角のことをいい、そこから「鋭い」意味でも使いますが、多くの辞書は「名詞」のみで、新明解国語辞典が「鋭角的な〔=鋭い〕才能」という用例を挙げているように「鋭角的な」はあっても「鋭角な」は言えないことになります。そこを、三省堂国語辞典は

と、「ダナ」で形容動詞でもあることを示しています。毎日新聞の過去記事には、スピードスケートで「鋭角な体の倒し込みは」とあったり、2000年に当時の民主党代表、鳩山由紀夫氏の「より鋭角な議論が求められる」というコメントがあったりしました。「鋭角」が形容動詞ならばこうした使い方ができることになります(00年当時の4版の「鋭角」にも「ダナ」あり)。ただし、三省堂国語辞典にしかないとなると、新聞校閲としては迷うのですが……。稲川さんが言うように、三省堂国語辞典は

形容動詞積極認定派なのです。
次は動詞。名詞に「する」をつけて動詞になるものとならないものがあります。

「仁王立ち」がサ変動詞にもなることを明記しているのが明鏡国語辞典しかないとは知りませんでした。毎日新聞では「(野球の)マウンドで仁王立ちした」などとよく出てきて違和感がありません。名詞としては「仁王立ちになって」といった書き方になるでしょうか。
ほかにも明鏡しか認定していない(気がついていない?)語があり、明鏡国語辞典は

サ変動詞積極認定派というわけです。
「こんなに辞書ごとに個性があるんですね!」と堀元さんも納得したようです。
などなど、各辞書の独自認定品詞を楽しむ稲川さんですが、更に踏み込むと……。
形容動詞の「愚か」は、岩波国語辞典に「形容動詞」でなく

「名ナノ」と書いてあります。
そこで稲川さんは……

「激アツ」な岩波国語辞典の「語類概説」について解説します。

「健康」などとは違って「愚か」の場合、「愚かな」は言うが「愚かに」は「規準に合わないから」名詞とし、「―な」の形があることを示すために「ナノ」を付すというのです。
ここに、形容動詞積極認定派の三省堂国語辞典との違いが鮮明になりました。

ほかにも、自動詞・他動詞問題があることは筆者も日ごろ感じており、

三省堂国語辞典は「他」も認めがち、岩波国語辞典は「自」としがちな印象です。一般に他動詞は「○○を」という目的語をとる、自動詞は目的語をとらないという違いで説明されますが、話はそう単純ではありません。


このように、自他の区別にも辞書の姿勢が表れているのです。辞書は凡例や解説を読まなければいけませんね。
堀元さんも「熱い!」と感心しきりでしたが、最後に稲川さんは

三省堂国語辞典の「移る」「流れる」は「自」でいいのか?と言い残して、プレゼンを終えました。
三省堂国語辞典の編集委員である飯間さんに「どうなっているんですか?」と詰め寄る堀元さん。飯間さんは、あっさり「見落としです」。いわく、8版で自他の基準を決めてすべて洗い直したはずが、漏れてしまったものだそうです。そういうこともありますよね……改めて、辞書編集という作業の大変さをかみ締めました。
(次回も数日内に)


