2025年5月、東京・渋谷で行われた「国語辞典ナイト」のリポート。「舟を編む」以外にも辞書が登場する映像作品はまだまだあります。後半は、時に鋭く時にユーモアたっぷりに、そんな“辞書作品”をマニアたちが斬っていきます。
(写真左から)司会のエッセイスト・古賀及子さん、ライターの西村まさゆきさん、三省堂国語辞典編集委員の飯間浩明さん、テレビプロデューサー・西紀州さん、国語辞典マニアで講談社の校閲者・稲川智樹さん、国語辞典マニアで校閲者の見坊行徳さん。
放送中のNHKドラマ「舟を編む~私、辞書つくります~」が話題ですが、それ以外にも辞書が登場する映像作品はたくさんあります。辞書編集をテーマにした「王道」から、それも辞書作品!?と驚くものまで、辞書マニアたちの解説を楽しみました。
【久野映】
目次
これは王道! 辞書がテーマの映像作品
見坊さんは「辞書がテーマの映像作品」を怒濤(どとう)の勢いで紹介。筆者が「未履修」の作品もあり、視聴意欲をかき立てる熱いプレゼンが繰り広げられました。
まずは映画から2作品。「博士と狂人」(2018年)と「マルモイ ことばあつめ」(2019年)。
「博士と狂人」は世界中の人に権威ある辞書として知られるオックスフォード英語大辞典の誕生をめぐる実話をもとにした作品です。当サイトでも紹介したことがありました。

「マルモイ」は1940年代、日本占領下の韓国で、失われていく朝鮮語を守ろうと奮闘する人々を描いた、実話に基づくストーリーです。
両作品とも動画配信サービス「hulu」で視聴できます(2025年6月時点)。
ここまでは「辞書づくり」をテーマど真ん中に掲げた作品たち。ところが他にも……。
あの有名ドラマも「辞書作品」!?
大人気刑事ドラマ「相棒」。Season17の第3話「辞書の神様」は、なんと殺人事件の被害者が辞書編集者。担当していた辞書「千言万辞」が事件を解くカギに? 「千言万辞」の独特の語釈も注目ポイントです。
続いて紹介されたのは2022年放送のテレビドラマ「持続可能な恋ですか?~父と娘の結婚行進曲~」、通称「じぞ恋」。父娘の「ダブル婚活」を描いた作品ですが、その父の職業がまさかの辞書編集者。こちらはネットフリックスで見られます(2025年6月時点)。辞書マニアに「刺さる」心にくい演出がちりばめられています。
第9話に登場する「辞書編纂(へんさん)者と交際するのは幸せだなあと思って」というせりふが紹介された際は、「夢のよう」と会場がおおいに沸き立ちました(笑い)。
あの国民的アニメも…
さらに見坊さんの手にかかればあの国民的アニメ「サザエさん」までも”辞書作品”。
辞書が登場するのは2022年に放送されたエピソード「ノリスケ出入り禁止」。以下、スライドで内容を説明します。
見坊さんいわく「辞書が見放されるバッドエンド」(会場大爆笑)。
もっとも「当分」のような曖昧な期間を辞書がどう説明するかというのは難しい問題で、文脈によって変化する言葉を定義する難しさを浮き彫りにする鋭い辞書批評を含んだ作品といえるかもしれません。校閲記者も「一両日」「~以降」「近年」など、曖昧な数や期間を表す言葉には常に悩んでいます。



「辞書映像化あるある」に大爆笑
最後は稲川さんのプレゼン。ここまで多くの辞書作品について語り合ってきましたが、それらの「辞書映像化あるある」を連発していきます。
あるある1「語釈 くどいがち」。辞書映像化では独自の語釈が紹介されることしばしば。独特なものから感動的なものまで、とにかく「くどい」語釈が登場します。くどくなるというのはそれだけその言葉への思い入れが強いということでもありそうですが……。
たしかにくどい(笑い)。
あるある2「オーパーツ 出がち」。オーパーツは「Out of Place Artifacts」のことで、考古学などでその時代の遺跡からは出土するはずがない「場違いな遺物」のことを指します。ここでは作品内でその時代には存在し得ない辞書が登場してしまっているシーンを指摘。有名な作品の「辞書オーパーツ」が次々に糾弾されていき、会場はざわざわ……。
ただ、校閲に携わる身としては無邪気に笑ってはいられません。フィクションほどではないかもしれませんが、昔の話を取り上げた記事を校閲する際に「その頃の地名や組織名はそれでよいか?」など、「オーパーツ」的な視点は重要です。
あるある3「用例採集 不審がち」。街で使われている「生の言葉」の用例採集に夢中になるあまり、不審に見られるシーンが描かれがちです。ドラマ「舟を編む~私、辞書つくります~」にもご多分に漏れず、用例採集で不審がられるシーンがありましたね。
あるある4「殺人事件 起きがち」。見坊さんの紹介でも刑事ドラマが取り上げられていましたが、なかなか物騒です。
あるある5「本質 突きがち」。先ほどサザエさんのエピソードが紹介されましたが、同じく国民的アニメ「ちびまる子ちゃん」にも辞書をテーマにしたエピソードがありました。
その名も「まる子、辞書を楽しむ」の巻。
まる子のせりふ「あのね、辞書引くってのは大変なんだよ。調べた言葉の説明にわかんない言葉が出てきたら、それも調べなきゃいけないんだから」には、会場中の辞書関係者、辞書好きは爆笑しつつも深くうなずきました。
再放送中のNHKドラマ「舟を編む~私、辞書つくります~」の原作小説にも「ひとつの言葉を定義し、説明するには、必ずべつの言葉を用いなければならない」(「舟を編む」光文社文庫)という一文が登場します。まる子の指摘はまさに辞書の本質を突いていますね。
これだけ多くの映像作品に辞書が登場するというのは、やはり辞書が人々の生活において身近な存在であることの証左。校閲記者にとって欠かせない相棒である国語辞典が、こうやって身近な作品で取り上げられているとうれしいものです。辞書の世界でもデジタル化が進んでいますが、紙の辞書の根強い人気と底力を改めて感じるイベントでした。