「私たちの身近な映像作品に現れる辞書!」をテーマに掲げた「国語辞典ナイト」が先月開催されました。前半は17日からNHK地上波で再放送されるドラマ「舟を編む~私、辞書つくります~」について、担当プロデューサー・西紀州さんのとっておきの裏話とともに、辞書マニアたちが熱く語り合いました。
「飛び石連休」最終日の5月6日、東京・渋谷でイベント「国語辞典ナイト」が開かれました。今回のテーマは「私たちの身近な映像作品に現れる辞書!」。NHKドラマ「舟を編む~私、辞書つくります~」を担当したテレビプロデューサー・西紀州(にし・のりくに)さんをゲストに迎え、ドラマ「舟を編む」をはじめとする映像作品に現れる辞書について語り合いました。
【久野映】
メンバーは、(写真左から)司会のエッセイスト・古賀及子さん、ライターの西村まさゆきさん、三省堂国語辞典編集委員の飯間浩明さん、テレビプロデューサー・西紀州さん、国語辞典マニアで講談社の校閲者・稲川智樹さん、国語辞典マニアで校閲者の見坊行徳さん。
「舟を編む~私、辞書つくります~」は三浦しをんさんのベストセラー小説「舟を編む」が原作のNHKドラマ。NHK BSの「プレミアムドラマ」で2024年に放送され「辞書かいわい」を熱狂させた作品が、なんと今年6月17日からは地上波で再放送(BSよりややコンパクトバージョン)されます! 再放送を前に、辞書マニアの視点から作品を振り返りました。
<「舟を編む~私、辞書つくります」とは>
三浦しをんさんのベストセラー小説「舟を編む」が原作のNHKドラマ。2011年に出版された原作小説の舞台は出版社「玄武書房」の辞書編集部で、主人公は不器用で「使えない営業部員」だった馬締(まじめ)光也。馬締が辞書の魅力に出会い、「辞書は言葉の海を渡る舟」と名づけられた辞書「大渡海」の編集に仲間とともに情熱をそそぐ日々が描かれます。映画、アニメなど多くの映像作品が生まれる中、NHKドラマ「舟を編む~私、辞書つくります~」は、馬締(野田洋次郎さん)が辞書編集部に来てから十数年後を舞台に、ファッション誌の編集部から辞書編集部に異動してきた岸辺みどり(池田エライザさん)の目線で描かれている点がポイント。視聴者もみどりと同じように驚いたり戸惑ったりしながら、辞書や言葉を愛さずにはいられない人々の世界に入っていくことができます。「逆に、みどりの視点が加わることで辞書編集に新鮮さがもたらされる点にも注目」(西さん)です。

まずは西村さんプレゼンツ「緊急調査! 『舟を編む』に登場した辞書類の(ほぼ)全部を調べてみた!」。ドラマでは舞台の出版社「玄武書房」の辞書編集部が頻繁に映ります。当然、そこには圧倒されるほどの量の辞書があるのですが、その辞書を(ほぼ)すべて特定しようという「狂気」の企画。プロデューサーの西さんによる裏話も交えながら、玄武書房・辞書編集部の本棚を丸裸にしていきます。
目次
馬締のデスクの「辞書アベンジャーズ」
最初は馬締のデスク。

稲川さん(右から2人目)はドラマ版「舟を編む」の馬締のコスプレで登場。馬締のトレードマークである袖カバーもつけており、本当にそっくりでした
時に画像検索をしながら次々に並んでいる辞書を特定していきます。しかし画角や映りから「不明」の辞書も……。しかしここは辞書マニアが集う場所。壇上から次々に「これは○○ですね」「これは昔○○から出版されていたバージョンの○○辞典じゃないですか」「これは○○のちょっと古い版だと思います」と競い合うように続々と特定されていく様子にただただ圧倒されました。
と、ここで西村さんは気付いたことが。ドラマの第1話は2017年の設定ですが「その時期よりあとに発売された辞書や版はちゃんとないんですよ」。司会の古賀さんが西さんにその点を尋ねたところ……「もちろんです」と即答。作品を作る際にはまず年表をつくり、その時点で発売されていないはずの辞書は映り込まないように徹底したそうです。会場からは感嘆の声があがりました。さらに登場人物が使う新語・流行語なども、時代設定と食い違わないよう注意していたということです。辞書や言葉がこんなにも丁寧に扱われていることに感激しました。
辞書ビギナーへおすすめ みどりのデスク
続いてはみどりのデスク。第1話で、馬締が辞書ビギナーのみどりに入門編として大量の辞書を渡すシーンです。
大辞泉、広辞苑、大辞林とおなじみの中型辞書に始まり、三省堂国語辞典第7版(2017年時点で最新の版)、岩波国語辞典など筆者も普段お世話になっている「王道」の国語辞典が並びます。「入り口として最高」(西村さん)、壇上からも「すごいいいチョイス」「分かってる感がすごい」と声が上がる、上級者お墨付きのラインアップです。西さんからは「これは(三省堂)大辞林編集部編集長・山本(康一)さんのセレクトではないか」と明かされ一同納得のため息をつきました。
「これから辞書マニアへの階段を駆け上がるんだ!」という方は、まずはここに映っている辞書を取りそろえることから始めてみては?
細かすぎる 本棚へのこだわり
さらに編集部共用の本棚も。まず上段は日本国語大辞典、下段も次々特定されていきますが……どうしても右端の2冊が分からなかったと西村さん。その2冊も、1冊はあっという間に見坊さんが見抜き、もう1冊はなんと会場参加者が特定。大きな拍手が湧き起こりました。
さらに西村さんが注目したのは「色の辞典」。第1話でこの本棚が映ったときにはなかった1冊が、第7話で加えられていたといいます。
西さんによるとこれは作品のためにつくられた小道具で、辞書の紙を担当することになったみどりが研究のために使っていた本ではないかとのこと。後日筆者が見返したところ、「色の辞典」は第4話で登場し、みどりがこの本棚にしまう様子もばっちり映っていることが確認できました。だから第1話では映らず、第7話でひっそりと本棚に加わっていたのですね。
その後も、西村さんの執念と辞書マニアたちの豊富すぎる知識によって玄武書房・辞書編集部の全貌が明らかになっていきました。
本棚がしっかり映るシーンではなくても、それっぽい辞書がなんとなく並べられているのではなく、きちんと場面に合わせた辞書が選ばれています。西さんたち制作者のこだわり、辞書への愛が伝わってきます。
これだけの辞書が並んで映るのは「当たり前じゃない」
イベントの最後のあいさつで、西さんはこんな話をしていました。「映像作品の中で、違う出版社の辞書が隣同士に並んで映るのは実は当たり前のことではない。出版社の垣根を越えて辞書界として応援してくださったからこのドラマがある」と。ライバル関係を超えて、辞書や言葉に愛情を持って向き合うこの作品を後押ししていたというすてきなエピソードが明かされました。
そんな辞書界が一丸となって推したいドラマ「舟を編む~私、辞書つくります~」は、いよいよ地上波再放送が始まります! ストーリーはもちろん、ぜひ辞書出版部の「本棚」にも注目してみてください。