これからの時代、特に必要だと思う言葉に関わる知識や能力は何か。昨年度の文化庁による「国語に関する世論調査」の問いの一つですが、2002年度調査と比べて最も減少した回答が「漢字や仮名遣い等の文字や表記の知識」でした。知らない文字でも電子機器で変換すれば表示できる、文字を「打つ」時代になって、文字の形の違いに目を向けることは少なくなっているかもしれません。
そんななか、読者の方から以下のような質問をいただきました。
パソコンで「つじ」を変換すると「しんにょう」が2点で表示されるが、いつから点が二つになったのか。学校で「しんにょう」は1点と習ったような……。
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「辻」は常用漢字ではない表外字
お手元のスマートフォンなどで「つじ」と打って変換してみてください。ほとんどの場合、2点のと表示されるはずです。しかし、学校で習った文字、例えば「近」は1点しんにょうが表示されます。どういうことでしょうか。
わたしたちが学校教育で学ぶ漢字は「常用漢字表」にもとづいています。1981年に制定された常用漢字表の字は1点のしんにょうに統一されていますが、質問の「つじ」は常用漢字表に入らなかった表外字です。「常用漢字表」の答申では、表外字の字体について「当面、特定の方向を示さず、各分野における慎重な検討にまつこととした」と言います。要するに、しばらく様子見というところでしょうか。
かつてJIS字体は「1点」だった
その後、ワープロなどの情報機器の急速な普及により、かつての想像以上に表外字が使われるようになりました。情報機器に表示される文字はJISで字体が示されたもので、常用漢字表が1945字(81年当時)であったのに対しJISは第2水準まででも6000字超と、扱う文字数も大きく異なります。
83年改定のJISは、当時の常用漢字を含む第1水準(2965字)のしんにょうを1点、第2水準を2点としました。「つじ」は第1水準のため1点で表示されることになり、のような字体がよく見られるようになりました。
00年、表外字は「2点」が基本に
しかし、このように印刷文字(画面上に表示される文字も含む)の字体が不安定ではよろしくない、ということで新たな基準が作られます。それが00年の国語審議会の答申「表外漢字字体表」です。そこでは、しんにょうについては例示の字形に2点しんにょうを採用しました。
04年改定のJISはこれを受け、「つじ」を2点のに変更します。10年ほど前からおおよその機器はこの04年改定のJISに対応してきていますので、最近は2点の「つじ」がよくみられるようになった、と感じられるようになったのでしょう。
「3部首許容」で「1点」を使う新聞社
ところで、毎日新聞では以前から表外字であっても1点しんにょうを用いています。実は「表外漢字字体表」においても、しんにょう▽しめすへん▽しょくへん――の3部首は、現にの形を用いている場合には、印刷標準字体の例示字形に変更することを求めない、としました(3部首許容)。
しんにょう以外では、たとえば祇園のはでもよく、正月のはでもよいということです。
これには、従来の字体との継続をはかるとともに、常用漢字との間で部首の形が分かれる混乱を防ぎたい、という新聞業界の意向も反映されています。よって、毎日新聞など多くの新聞では、「つじ」も1点しんにょうのを使用しています。
複雑だが理解しておきたい流れ
パソコンやスマホなど2点で表示される(あるいは1点、2点どちらも表示できる)機器が普及してからずいぶんとたちますが、関心のない人にとっては、この流れは複雑といえるでしょう。本来ならどこかの時点で整理・統一できていれば、混乱は少なかったと思われます(反発は大きいでしょうが)。
点の数なんてどうでもよいと思う方もいるかもしれませんが、背景を知らなければ、同じものに複数の形があることでトラブルを招きかねません。人の名前などでは字の形に特にこだわりがあることもしばしば。
ちなみに冒頭の世論調査の問いで、回答の上位は「説明したり発表したりする能力」「相手や場面を認識する能力」でした。これらの力はもちろん必要でしょうが、変換すれば知らない文字すら表示できてしまう時代だからこそ「漢字や仮名遣い等の文字や表記の知識」をきちんと学ぶ必要があるのではないでしょうか。