新聞社には取材・編集にあたっての手引となる用語集というものがあります。用語集は通常、数年おきに改訂を行いますが、今回は私たちが関わったその改訂作業について少しお話しします。
改訂にあたっては、データ類を最新のものにすることと併せて、どうすればより使いやすい用語集にできるか、知恵を絞ります。そこでは、作業メンバーの意見が割れることも当然あります。今回、調整の難航した項目の一つが、「表記の原則」が定める不確定数の基準、中でも期間の数え方の決まりでした。
従来の用語集では「足かけ3年、3年越し、3年来」を、いずれも「暦年・年度3年にわたることを表す」と定めていました。つまり、おととし暮れから今年初めまで患うと、実質は1年と少しでも「3年越しの病」。
ところが、これと同じ期間を指して「1年越し」とする言い方が増えてきていることが気になっていました。1年を超えたという期間の長さに主眼を置き、暦年・年度には縛られない表現です。原稿でも、こちらの書き方をする記者が多数派のような気がします。これを読んでくださっている皆さんはどちらの使い方をしているでしょうか。
「○年来」も同じ傾向があります。しかし「足かけ○年」だけは、イメージがはっきりしているためか、そうした揺れはありません。
辞書で「越し」を引いてみても「時間の長さを示す語に付けて、その間中続いてきたことを表す」(広辞苑6版)といった語釈が大半で、決め手に欠けます。「一年越し」との用例を載せている辞書(新明解国語辞典7版)が、暦年以外の使い方もあることを示唆しているのが目を引いたぐらいでしょうか。
改訂作業では、従来規定の維持派と、実態に即した変更派で議論となりました。新聞用語集の難しさの一つに、表記法などで一方を「正しい」と決めるだけでは不十分だということがあります。つまり、社内で言葉の使い方を統一し記事もその通りに書けたとしても、読者の多くがそれを別の意味に理解したとしたら、せっかくの用語統一が私たちの独り善がりに終わってしまうのです。
最終的に「3年越し、3年来」を「本来、暦年・年度3年にわたることを表すが、起算点から3年経過したという意味の使われ方をすることも多く、解釈が分かれる。紙面では、『10年来』などと概数として使う場合以外は、起算点や期間を明示して誤解の余地のないように書く」という規定にすることで決着しました。
ご紹介したのは、膨大な改訂項目のほんの一例です。こうした微妙な表現を一つ一つつぶすようにして、正確で分かりやすい紙面づくりのための用語集は作られています。
【山本武史】