講演者は平山泉(ひらやま・いずみ)。1992年に校閲記者として入社、東京本社・校閲に配属されて以来、2006年から2年間の大阪本社を含め一貫して校閲の仕事をしています。
多数の直すべき点がある今年3月10日付のダミー紙面を用いて、実際に校閲作業の体験をしてもらいました。その答えを解説します。
目次
【復興「見直しを」4割/インフラ整備遅れ…被災42市町村本紙調査】の記事
×復興「見直しを」4割
→復興計画「見直し」4割
見出し部分です。復興見直しと書かれていれば、復興することを見直すように見えるので、「復興計画」とすべきところです。また、「見直しを」という見出しでは、市町村が、だれか、国か何かに「見直してほしい」と言っているようにも見えます。「計画」を挿入、「を」を削除した形にしました。このように、見出しは限られた字数で誤解のないように内容を伝えなければならないので難しいものがあります。ここは、整理記者(編集部門)の腕のみせどころですが、校閲もやり取りをしながら代替案を考えたりします。
×「ある程度必要」は16人で岩手3、宮城4、福島9
→「ある程度必要」は17人で岩手3、宮城4、福島10
本文にこのようなくだりがあります。ここだけでは足し算も合うので誤りかどうかわかりませんが、表と照らし合わせることが必要です。表で福島県の「ある程度必要」を数えると、10ありました。本文と表のどちらが正しいか確認しなければなりません。本文を直しました。
【地震発生頻度100倍】の記事
×遠山教授は、大震災2年後の2013年3月11日から今月18日までに
→遠田教授は、大震災2年後の2013年3月11日から今年2月18日までに
前の段落に「遠田晋次教授」とあります。「遠山」の方がありそうな名なので誤りやすく見逃しやすいのですが、2度目以降もきちんと一文字一文字確認するように読まなければなりません。もちろん、「遠山」の方が正しい可能性もあるので確認が必要です。また、この“紙面”の日付は3月10日であり、「今月18日」は未来のことになります。何の誤りかわからないので確認が必要です。
×「首都直下地震」が懸念される地域は、対象を広げて地下100キロで起きた地震を分析
→「首都直下地震」が懸念される地域は、対象を広げて地下100キロまでで起きた地震を分析
これだけだと何がいけないのかわかりませんが、前の前の段落に「地下20キロまでで起きたマグニチュード1以上の地震の発生頻度を」というくだりがあります。「20キロまで」より対象を広げるのですから、「100キロで起きた」(地下100キロあたりで起きたという意味にとれる)という狭い範囲ではおかしいと気づかなければなりません。こういったことは、書き手は頭の中でわかっているのでそう書いたつもりになってしまい、読み直しても気づかないものです。校閲の「読み手の目」が必要です。
【ウクライナ和平日独連携】の記事
×安部普三 →安倍晋三
すぐにアベ違いはわかるのではないでしょうか。書き出しだけ違っていて、その後はすべて「安倍」になっています。ただ、書き出しは見逃しがちでもあります。しかし、アベの誤りに気づいて喜んでいると、「普三」がおかしいことを見逃すこともあります。「しんぞう」と読むはずなのに、「ふぞう」とでも読みそうな、普通の「普」になっています。どう変換したのかなぞですが、実際に目にする誤りです。
×首脳会議 →首脳会談
見出しが「首脳会議」となっていますが、本文を読むと、「主要7カ国首脳会議」も出てきますが、「ウクライナ和平日独連携」という内容については、日本の安倍首相とドイツのメルケル首相との「会談」でのこととわかります。「会談」「会合」「会議」「協議」など、きちんと区別しなければなりません。
【2人の数奇な運命 「戦後70年」】
×第8段 →第8弾
よくある変換ミスですが、段でよいと思う人も多いようです。しかし、「階段」「段階」などの段でなく、ここは「(接尾)もよおし・事業などの回数をかぞえることば」(三省堂国語辞典)である「弾」を使うべきでしょう。
×旧日本兵 →元日本兵誤りとは言えないかもしれません。しかし、組織名である「日本軍」は「旧日本軍」となりますが、職業名の「兵」に旧は適切ではないだろうということで、毎日新聞では「元」を使っています。
【NEWSLINE】と【財政支援維持 政府に要望へ…3県知事】の記事
×東京大空襲あす70年 小説で伝える米国人
→東京大空襲きょう70年 小説で伝える米国人
NEWSLINEは目次のようなものです。そのページの本文と照らし合わせて確認しなければなりませんが、ここを見ただけでおかしいと気づけることもあります。この「紙面」は2015年3月10日の日付になっています。東京大空襲は何日だったか知っていればわかります。紙面の作業は前日にしていることがほとんどなので、ついその時点での「あす」と誤ってしまうものです。
×仮説住宅 →仮設住宅
よくある変換ミスです。字もよく似ているので要注意です。
×16~20年の事業に約2兆5000万円が必要だとみている
→16~20年度の事業に約2兆5000億円が必要だとみている
誤りとは限りませんが、「2『兆』5000『万』円」が正しいとすると、随分「兆」の下の単位は細かいことになります。「万」ではなく「億」ではないかと疑う必要があります。と気づいて喜んでいてはいけません。「16~20年」とありますが、この文の書き出しあたりに「2016年度以降」とあります。前出の原稿にも復興期間について「2015年度までの」とあり、年度で数えている可能性が高いようです。確認の上、このように直します。
【余録】
×奥住喜重(おくずみ・しげよし)
→奥住喜重(おくずみ・よししげ)
紙面ではルビになっています。小さい文字だからといっておろそかにはできません。喜重という字に「しげよし」という読み方は違和感がありませんか。名前の読み方は自由ですから、ありえないことはないので確認が必要ですが、読み方は逆の方がふさわしいように見えます。漢字の方が誤っている可能性もあります。固有名詞は特に慎重に確認しなければなりません。
×入手した食料で7日遅れのひなまつりをし
→入手した食料で6日遅れのひなまつりをし
東京大空襲の話で、その夜に、遅いひなまつりや疎開先から帰った子どもとだんらんを楽しむいつもの人々の日常があった--という文脈です。東京大空襲は3月10日、ひなまつりは3月3日、だから7日遅れと単純に計算し、校閲のわたくしも通してしまいました。しかし、3月10日の夜に、のんびりひなまつりをできたでしょうか。東京大空襲は夜間ですが、3月10日の未明、午前0時すぎからだったといわれます。「日常」をすごせたのはその前、9日の夜までしかありえません。大空襲が未明であったことを知っていても見逃してしまうのです。
×2014・3・10
→2015・3・10
「余録」には日付を最後に入れています。3月10日になっているかどうか気にかけていながら、年が違うことを見逃してしまうこともあります。
終わりに
調べないとわからないようなこともあるため、体験していただいた以上に時間がかかります。全部わかった方はいませんでした。ただ、半分できた方も8割方できた方も「不合格」です。どんなにたくさん直してもどれほど高度な直しをしたとしても読者には関係ありません。たった一つ、単に「と」が抜けていただけだとしても読んだ人は「なあんだ」と思うでしょう。
何事もなかったように「マイナスがない」「0にする」ことだけが成功なのです。なにしろ「0」にすることがベストで、プラスに持って行くことができないからです。そこがこの仕事の厳しいところだと思います。
この仕事は目には見えない仕事です。校閲がいなくても新聞という形はできます。しかし、この、ひたすら0にするだけの仕事に若手も喜んで励んでいることを心強く感じます。先日も出稿部のデスクに「君のところの若い子が問い合わせに来て、忙しいし適当に返事してたら食い下がってくるんだよね」と言われて、「よっしゃ」とうれしく思い、私は幸せだと感じました。
(おわり)
当日のライブ配信動画(約100分)