石破茂首相がX(ツイッター)に投稿した「微力を尽くして参ります」という表現についてうかがいました。
目次
「問題ない」は少数派
首相の言葉で「微力を尽くす」は問題あり? |
謙譲表現で問題ない 31.2% |
立場上は「全力を尽くす」などとすべきだ 68.8% |
「微力を尽くす」について、「立場上は『全力を尽くす』などとすべきだ」という声がおよそ3人に2人と「謙譲表現で問題ない」を大きく上回りました。
「微力を尽くす」は「全力」の謙譲表現
まず明らかにしたいのは、「微力を尽くす」という表現があるかどうかです。「微力ながら力を尽くす」の間違いでは?という声があったので強調しておきます。「微力を尽くす」は立派に存在する日本語です。
新選国語辞典10版の「微力」にはこうあります。
➊勢力の弱いこと。➋自分の労力や力量をへりくだって言う語。「―を尽くす」「―ながら」 参考:自分以外に使うのは誤り。
また三省堂国語辞典8版の用例には「微力〔=全力〕を尽くす」とあります。つまり、「全力」と同じ意味の言葉を謙遜して首相は使ったと思われます。
国会でも小説でも使われる
国会会議録で「微力を尽く」を検索すると490回以上使われています。また、安倍晋三首相が2020年8月に辞任を表明した際の記者会見でも
一議員として、活動を続けていきたい。その中で、さまざまな政策課題の実現に微力を尽くしていきたいと思います。
と述べていました。
小説では例えば、田中芳樹さんの「銀河英雄伝説」の最初の方で、主人公の一人、ヤン・ウェンリーが要塞攻略の任務に就くとき「微力をつくします」と言っていました。石破さんはオタクと呼ばれ、エンターテインメントも含め読書好きだそうですので、もしかしたら頭にあったのかも……と思いましたが、国会では決まり文句のように使われているので見当外れかもしれません。
ともあれ、「微力を尽くす」は正しい日本語です。しかしSNSでは「全力だろう」「へりくだってる場合か」などと反発の声が続いたようです。
「つまらないもの」を額面通り解釈しては…
この反発を示す人の真意がよく分からないのですが、恐らく中には、正しい日本語ということを知らず反射的に揚げ足取りをした人もいたのではないでしょうか。首相指名選挙の国会の場での「居眠り」とされる動画が拡散したこともあいまって、騒ぎを大きくしたようです。
また、「微力を尽くす」という表現自体はあるかもしれないが、首相の立場としては「微力」なんて言葉を使うべきではない――という思いからの投稿もあったようにも感じました。一国のトップたるもの、卑屈にならず毅然(きぜん)としてほしいという希望があるのかもしれません。
ただ、権力があるとしても「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」という謙虚な態度が日本人の美徳と思いますし、行政のトップであれ、主権在民という言葉があるように、国民に向け謙虚な態度を示すことは悪いことではないはずです。
謙譲表現といえば「つまらないものですが」と言われて「つまらないものなら贈るなよ」と思うような、額面通りの解釈をすべきではないと考えます。
だから結局は「微力を尽くす」という表現になじみがない人が多いということが、今回の表現が問題化した一番の原因なのではないでしょうか。実は、広辞苑でさえこの用例は載せておらず、載せている辞書の方が少数派かもしれません。その観点からは、「微力ながら全力で……」などの言い方にしておけば無難だったとはいえます。
校閲でも、正しい日本語であっても誤解される可能性があれば、別の表現を勧めることがよくあります。ましてや首相の言葉は、誤解を招かないよう細心の注意を払うべきでしょう。
元首相の「せいぜい頑張って」にも通じる
思い出されるのは、2008年の北京オリンピック出場者に当時の福田康夫首相が「せいぜい頑張ってください」と激励したことです。「せいぜい」なんて冷たいと批判されました。
「せいぜい」の意味は明鏡国語辞典3版によると「力の及ぶかぎり努力するさま。できるだけ。精いっぱい」とあり、用例も「せいぜい勉強しなさい」です。つまり日本語として間違っていません。
しかし、三省堂国語辞典は「じゅうぶんに」の意味を「古風」としたうえで、年配者がこの意味で使っても、若い世代に誤解されることがあると注意します。「(あまり結果を期待しないが)ま、せいぜい頑張ってくれ」というように、突き放したような言い方と受け取られるのです。
正しい日本語でも、受け取る人が悪いニュアンスに誤解する可能性が高い言い回しは避けたほうがよいということですね。
ちなみに福田さんは首相当時、衆参両院で与野党勢力が逆転した「ねじれ国会」に悩まされ自分で「かわいそうなくらい苦労している」と公言した末、1年で辞任しました。石破さんも衆院で少数与党に転じ、かわいそうなくらいかどうか分かりませんが苦労を続けることが目に見えています。人気と任期の点でも歴史は繰り返すのでしょうか?
「こんな言葉はない」と言う前に
閑話休題。何度も繰り返しますが「微力を尽くす」自体は正しい表現です。もし「そんな言葉はない」と指摘する投稿をしたいと思っても、ちょっと調べればいいし、それでも分からなければ「こんな使い方はあるの?」と疑問を示す投稿をすればよいと思います。誰かが答えてくれるでしょう。自分の知識だけで「こんな日本語はない」と書くと、恥をかくことになりかねません。
蛇足ですが、前述の「銀河英雄伝説」のラスト近くにはこういう名言があります。「政治は、それを蔑視した者に対して、かならず復讐(ふくしゅう)するのだ」。これに倣えば「言葉は、それを軽視した者に対して、必ず復讐するのだ」といえるかもしれません。
(2024年12月02日)
石破茂首相は11月11日にX(ツイッター)で「国家国民のために、微力を尽くして参ります」と投稿しました。一部で「普通は『全力を尽くす』では」「首相として問題発言だ」という反応がありました。
これに対し「へりくだった表現で間違っていない」「へりくだっている場合か」などと議論になったようです。少数与党として低姿勢で臨む石破首相の意識が表れた表現かもしれませんが、首相としては全力を尽くしてほしいという人が反発しているのでしょうか。
「微力を尽くす」は日本語としては全く誤りではありません。それを知らず文字通り「少しの力」と誤解したとおぼしき人の反応はともかく、首相として「微力を尽くす」という言葉の選択に疑問を抱いた人もいたようです。みなさんはいかがお感じでしょうか。
(2024年11月18日)