「夕刊3面、銭湯巡りのコラムで『出掛けよう、タオルもせっけんも準備万端』とあったが、筆者にアピールし『準備万端整った』と補った。『万端』自体に『整う』の意味はなく、これでは不十分なため。『準備万全』でも可」
by Rubber Soul
大阪本社校閲グループの連絡ノートに私が記したものです。辞書で「万端」の意味を確認すると「あらゆる手段、一切の事柄」とあり、併せて「用意万端怠りない」などの用例を示しています。つまり「準備万端」のみでは「準備全般」との意味になるだけで、準備が完了した状況とは言えないというわけです。
最近、別の記事で似た使用例を見た大阪市東住吉区の読者からも「紙面で『万端』と『万全』を取り違えているケースが散見される」とのご指摘を頂きました。普段から、その区別があまり意識されていないのかもしれません。
日々接する記事や紙面製作の過程で、このように最後まで意味が通じるように記述せず、省略してしまう例を目にすることが少なくありません。
その代表格とも言えるのが、「午後の常任委員会で可決される公算だ」などで出てくる「公算」。特に、字数を一字でも節約したい見出しで多用される傾向にありますが、「確率」と同義であり、「公算が大きい」や「公算大」としなければ、正確を期したとは言えません。
ただ、編集者に説明しても「可能性が低い時に『公算』はまず使わないし、読者は理解できるはずだから『大』がなくても構わないのでは」と返されることがしばしば。しかし、「何となく分かる」「暗黙の了解でいけそう」ではなく、やはり日本語としてしっかり表記するよう心掛けたいところです。
同様に「必須要素の欠落」という観点から、最近実際に見掛けたケースを取り上げてみました。どういう言葉が省かれているか、お分かりになりますか?
「金銭授与問題で引責するまでの間」
「来春に任期を迎え、退任の予定」
「売り上げの全額が震災支援のために寄付される」
一つ目は、出稿部に問い合わせて「引責辞任」と修正しました。「引責イコール辞任」とのイメージが出来上がってしまっているためでしょうが、責任の取り方もいろいろ。次は「任期満了」でないと不十分。任期だけでは単に「職務に就いている期間」の意味にしかなりません。最後は「震災復興支援」と完璧を期すべきでしょう。
一方で、この言葉がないと全く逆のおかしな事態に直面するという例も。自衛隊員が恐喝容疑で逮捕された記事の上司のコメントが「不祥事の再発に万全を期したい」。ウーム、これでは不祥事を奨励する決意表明に。同じく「地域住民の暴力推進運動」も困った話。紙面ではそれぞれ「再発防止」「暴力排除」と直りましたが、漫然と読んでいると見逃しそうです。
なお、冒頭に紹介した読者は「万端」の他にも、毎日新聞の記事から気になった言葉遣いについて取り上げ、手紙に列挙してくださいました。耳の痛い話ですが、丹念に読んでいただいていることが伝わってきて、ありがたい限りです。「校閲記者、しっかり!」との文言は見当たりませんでしたが、文面から私たちへの叱咤(しった)激励ではと、ここでは言外の意味をくみ取りました。ご指摘を真摯(しんし)に受け止め、今後の紙面作りに生かしていきたいと思います。
【宇治敏行】