「平手で殴る」という表現について伺いました。
目次
大多数は「違和感あり」
「平手で殴るなどの暴行を加えた」――平手でも「殴る」といってよいでしょうか? |
問題ない 9.9% |
強くたたいていれば「殴る」でよい 12.1% |
違和感がある。「たたく」などがよい 78% |
「違和感あり」という人が8割近くで圧倒的でした。疑問を呈した後輩記者も出題者自身も「違和感あり」なので安心はしましたが、ここまで多数派になるとは思いませんでした。辞書でも認めている表現ですが、ちょっと立ち止まって検討した方がよいかもしれません。
平手では威力が不足?
なぜ「平手で殴る」に違和感を持ったのか。
中村明著「日本語 語感の辞典」(岩波書店)は「殴る」について「『叩(たた)く』と違って親しみや善意から出ることはなく、相手に危害を加える意図が感じられ、それだけ衝撃も強い」と解説しています。確かに落ち込んでいる友人を元気づけようと背中をバンバンと「たたく」ことはありますが、「殴る」からは相手に危害を加えようとする悪質さしか感じられません。
ならば、それほど力が入るわけではない平手の形で「殴る」と言うのはどうなんだろう、というわけです。アンケートで違和感を持ったという多くの人の中にも同様に考えた人はいるかと思います。
平手でも意図次第では…
しかしそうすると、「平手で殴る」を「平手でたたく」「平手で打つ」などと直すデメリットもあるということになります。つまりはその行為の悪質性が強調されなくなってしまうということです。
親から小さな子ども、監督から選手、上司から部下など、立場の強い者から弱い者に対する平手打ちならどうでしょう。その悪質性を明確にするために「殴る」と表現することも十分理解できるのではないでしょうか。
新明解国語辞典8版の「殴る」には「〔懲罰を加えたり危害を加えたりする目的で〕こぶしなどで、相手の顔や頭に強い衝撃を加える」とありました。「こぶしなど」と例示はしていますが、その意図や強さも重要な要素であるようです。
以上を踏まえた上で、特に悪意や強い衝撃を表すものであれば「平手で殴る」でもよく、そうでもない場合は「たたく」と直した方が違和感を持たれないと判断すればよいかと考えます。
「殴られもせずに…」のブライトも平手
ここからは余談です。アニメ「機動戦士ガンダム」にはこんなシーンがあります。
ガンダムに乗ろうとしない主人公のアムロに対し、軍艦ホワイトベースの艦長ブライトが手を上げます。それもアムロが吹っ飛ぶほど。その後のやり取りが有名です。
アムロ「殴ったね!」
ブライト「殴ってなぜ悪いか!」
お互い「殴った」という認識ではあるのですが、映像を止めてみるとブライトの手は握られていません。つまり「平手で殴って」いたのです。
さらに有名なのはブライトからもう一発入った後のやりとりでしょう。
アムロ「おやじにもぶたれたことないのに!」
ブライト「殴られもせずに一人前になったやつがどこにいるものか!」
というわけで、懲罰のような意識をこめて強くたたくのであれば「平手で殴る」という表現もあり――というのが出題時から考えていたオチだったのですが、なんと校閲センターのツイッターに「ブライトさんもぐーパンチはしてなかったっけ」というコメントが。同じものを思い出している人もいた!とニヤリとしてしまいました。
(2023年04月13日)
最近後輩に聞かれた質問です。確かに「殴る」というと握り拳のイメージがあり、平手なら「打つ」「たたく」のほうがしっくりきます。▲辞書で「殴る」を引いてみると「握り拳で相手を攻撃する」と明確に書いているのが広辞苑7版。他の辞書も「げんこつ・棒」(三省堂国語辞典8版)、「こぶしや棒」(明鏡国語辞典3版)など、グーの手を例に挙げるものがほとんどです。▲調べた中では唯一、岩波国語辞典8版が「こぶし・手のひらや硬い物で、強く打つ」と「手のひら」でもよいと明示してくれていました。毎日新聞の過去記事でも「容疑者は男児の顔を平手で殴り……」「監督が選手を平手で殴ったり……」と使われており(言葉の問題以前にやるせない気分になりましたが)誤用ではなさそうですが、違和感があるという人はどれくらいいるでしょうか。
(2023年03月27日)