関西の人が書いている料理の記事で、いきなり「平天」という材料が出てきました。記憶の限りでは初めて見る言葉です。辞書にも見当たりません。「紀文食品」に聞いた上で、どれだけ一般的なのか、自分の目と舌で確かめてみました。
関西の人が書いている料理の記事で、いきなり「平天」という材料が出てきました。記憶の限りでは初めて見る言葉です。
「ひらてん、と読むらしいのですが、初めて聞きました」と初校者の後輩も面食らっています。
目次
周りは誰も知らず、辞書にも見当たらず
インターネットで調べ、そういう練り物(揚げかまぼこ)があることは分かりました。毎日新聞のデータベースでも、関西ローカル記事で出てきていました。が、さつま揚げと同じ物なのか、それとも違う物なのかよく分かりません。職場にあるどの辞書も載せていません。関西出身者を含め複数人に聞いてみましたが、みな「知りません」。
全国に行く新聞ではそのままにできないので、「平天(さつま揚げ)」と補ってもらいました。実はさつま揚げと同じかどうか確認できていなかったのですが、こういうとき( )は便利です。「平天イコールさつま揚げ」とも「平天または、さつま揚げ」とも解釈できるからです。
ひら天とは何ですか? 紀文に聞くと
とりあえずはそれでしのぎましたが、ずっと引っかかっていました。そこで、ネットで画像が出てきた一つ「鱧(はも)入りお造りひら天」を販売している「紀文西日本」の親会社、「紀文食品」に「ひら天とは何ですか」と問い合わせることにしました。答えは以下の通りです。
《「平ら」もしくは「平らに近い」の形状のさつま揚を指します。
現代、関東で“さつま揚”と呼ばれている、魚のすり身を油で揚げたものを、関西では“てんぷら”と呼ぶことがあります。
「守貞謾稿」(1837~53年)にも、「京坂では魚のすり身を油で揚げたものを“てんぷら”と呼び、江戸のてんぷらは“つけ揚げ”という」とあります。
練り製品は、形状や色や素材を形容の言葉として、カテゴリー名の前につけることがあり、一例として、平べったいさつま揚=てんぷらを平天(ひらてん)、棒状の棒天(ぼうてん)、揚げ色が薄いものを白天(しらてん)、素材がじゃこ(魚類のホタルジャコ・もしくは雑魚をつかったからと2説あり)のじゃこ天などがあげられます》
――なるほど。でも「ひらてん」という言い方、一般的でしょうか?
《はい、一般的です。「平天」で画像検索をしていただくとおわかりになる通り、弊社以外でも多くのメーカーが販売しております》
――ううむ、これは愚問でした。たまたま私や私の周りが知らなかっただけかもしれません。では漢字にすると「平天」でいいのでしょうか。
《各メーカーでも表記がさまざまで、特にきまりはございません。ひら天、平天をはじめ、いろいろな表記があります》
次々と実物に出合い、実家近くでも発見
さて、紀文の答えを聞きつつ、実は内心「商品を売っている当事者が一般的というのは当然だよね」と思っていました。しばらく東京や千葉のスーパーで探していましたが、平天(ひら天)と名の付く物は見つかりません。東京のおでん屋さんでは主人と「これは何ですか」「さつま揚げ」「平天って言いませんか」「言いません」という珍問答を交わしてしまいました。やはり関西の一部で普通ということではないかと半信半疑だったのです。
そんなころ、山口県から「ひら天」の実物が届きました。妻の実家に行ったとき、そういうものがあるか聞いていたのです。宇部市の練り物メーカーです。
その直後には、友人を通して北海道・小樽の商品の画像が入りました。こちらは丸いですね。
その後、実家のある広島県呉市で偶然入った屋台のメニューに目を見張りました。おお、探し求めた平天、それも漢字表記が地元にあったとは! 灯台もと暗しです。なお私は呉に実家があるとはいえ、東京、千葉暮らしが数十年、呉市の店には疎いのです。
「平天ってどれですか」と確認した上で出てきたのがこれ。
たっぷりほっこり味がしみた平天、ゆっくりしっかりおいしくいただきました。すっかりきっぱり食リポと化しています。
こうなると自分でも買いたくなってきます。呉市の八百屋のおばあさんに「このへんに練り物の店はありますか」と聞きました。「練り物? てんぷらとか?」とおばあさん。そうそう、西日本ではさつま揚げといわず「てんぷら」というのですよね。ちょっとうれしくなります。
「前はあったけどね、今はこのへんじゃあスーパーしかないじゃろう」ということで入ったスーパーであっさり「平てん」をゲット。この写真では油揚げに見えるかもしれませんが、裏の袋にはちゃんと「揚げかまぼこ」と印字されています。
同じ会社から出ている「がんす」と一緒に広島の酒のつまみとしました。ちょっと破れた薄い皮が舌をおいでおいでと誘っています。一人で食べているせいかちょっと「孤独のグルメ」気分。
一般的といえそうだが、辞書採録の是非は?
さて、これで関西のみならず広島、山口そして北海道と全国各地の平天を確認できました。これは「一般的」といってもいいのではないでしょうか。ということは、辞書に載ってもおかしくはないですね。
ただ、平天を載せると「角天」「丸天」などは載せるべきかどうかという話になります。特に「ごぼう天」を入れるとなると、この「天」は共通語としての「天ぷら」とゴボウ入りさつま揚げの意味を両方載せなければならない……などと検討していくと辞書には載せにくいのでしょうか。
そういえば、紀文の広報さんの情報では「愛知や岐阜で『はんぺん』というと揚げたもの(さつま揚げ)をさします」とのことです。土地による多様な言い方は日本の豊かな海の恵みの反映で、それをいちいち辞書に書き込むのは無理があるのかな、とも思いました。でも、個人的には「平天」はぜひ載せてほしいと思います。
【岩佐義樹】