1月4日の毎日新聞校閲センター運営のツイッターで〈2023年は「卯(う)年」。ウサギは卯年に割り当てられた動物ですが、暦としては「ウサギ年」ではなく「卯年」と呼ぶのが適切でしょう〉と記しました。
これに対し、国語辞典編者の飯間浩明さんから以下のツイートがありました。
〈暦としては「ウサギ年」ではなく「卯年」と呼ぶのが適切〉とのことですが、これはやはり報道の内規レベルのものと思います。現に「うさぎ年」でニュースを検索すると普通に出てくるし、会話では「うどし」より「うさぎどし」が伝わりやすい。二者択一という印象を与えるのは好ましくないでしょう。 https://t.co/NIasE6VAoA pic.twitter.com/1mlK1ZDOEe
— 飯間浩明 (@IIMA_Hiroaki) January 4, 2023
ご指摘に感謝いたします。そのうえで、毎日新聞校閲センターとしての立場を説明させてください。
目次
書き言葉としてどちらを選ぶか
まず〈会話では「うどし」より「うさぎどし」が伝わりやすい〉というのはその通りで、反論の余地はありません。そういう意味では、ツイッターの画像の「えとで言うと今年は」という文言は「今年をえとで書けば」などとした方がよかったと反省しています。「言う」という言葉は口頭で言う場合だけに限らず、私たち校閲が問題にするのはほとんど書き言葉なので、「言う」と書いても主に書き言葉を指すということは分かってもらえるという錯覚があったようです。
そこで書き言葉ということを前提に進めますが、ある程度知識のある人なら「卯年」という表記があることはご存じでしょう。卯は常用漢字ではありませんが、該当年でなくてもよく目にする字です。そこで、えとについて書くとき「ウサギ年」か「卯年」かの選択を迫られることになります。
飯間さんは「二者択一という印象を与えるのは好ましくない」と書いていますが、私たちは日ごろから二者択一を迫られるからこそ、この選択肢で質問したのです。「うさぎ年」が間違いだといいたいのではなく、表記に迷ったとき、どちらを選ぶのがより妥当かということがいいたいのです。
頻度では「卯年」が圧倒
校閲を含め毎日新聞社員が表記に迷ったとき、最も依拠するのは「毎日新聞用語集」ですが、「うさぎ」を引くと「(兎)→ウサギ」とあるだけで、えととしての表記は分かりません。明確な「内規」があるわけではないのです。
では出現頻度を見てみましょう。飯間さんが〈「うさぎ年」でニュースを検索すると普通に出てくる〉とするのも当然ですが、検索するなら「卯年」も調べ比較されたかもしれません。1月11日に当方がグーグルで「ニュース」を検索してみると、次のようになりました。
卯年 | 295万件 |
うさぎ年 | 8万5500件 |
ウサギ年 | 1万2700件 |
“卯年”が圧倒しています。ただ、いちいち各記事を開いて確認したわけではありません。“”という引用符を入れても余計な記事は完全に排除されたとは限らず、また別の調査をすれば大幅に件数は変わるかもしれません。あくまでも現時点の参考値です。
辞書で「うさぎ年」は1種のみ
件数という「量」はこれぐらいにして、書き言葉としての「質」はどうでしょう。そもそも「卯」の字にウサギという意味はありませんでした。しかし古代中国で十二支の卯に当たる動物とされて以来、密接な関連はあります。だから漢字の成り立ちだけをもって「ウサギ年」を不適切とするのはさすがに無理でしょう。そこで目先を変え、「うさぎ年」という表記は辞書にあるのか探してみました。
小学生向けを含め10冊ほど「うさぎ」の項を見ましたが「うさぎ年」を用例として記しているのは「三省堂国語辞典」だけでした。飯間さんが編者に名を連ねています。他には載っていないような語もあるという三省堂国語辞典の特色がよく表れていると思いますが、ここで気になったのは「うさぎ年」を漢字で書くと「兎年」なのだろうか、ということです。
三省堂国語辞典は「うさぎ」に「兎」とその異体字しか示していません。その項の中に「―年」があるので「うさぎ年」を漢字で書くと「兎年」となるのでしょうか。それとも、②で「⇒う(卯)」となっているので、「うさぎ年」は漢字で「卯年」となるのでしょうか。
「兎年」という表記は、認めるか認めないかにかかわらず、現実にインターネットではニュースを含め少なからず出てきます。その表記がもっと多くなると、今は漢字表記がよく分かりませんが、例えば未来の三省堂国語辞典は「兎年」を明記する可能性もないとはいえなくなってきます。
「牛年」「ヘビ年」…に違和感
しかし、「兎年」が「あり」だとすると、他のえとはどうなるのでしょう。たとえば「丑(うし)年」は「牛年」、「午(うま)年」は「馬年」、「寅(とら)年」は「虎年」、「巳(み)年」は「蛇年」……。少なくとも現時点では、違和感は拭えないのではないでしょうか。
実は、今回のツイッターの元になった記事は、ウェブサイトの「毎日ことば」で2019年初頭に行った「亥(い)年」か「イノシシ年」かというアンケートでした。その時は「亥(い)年」が7割となり、「イノシシ年」は必ずしも受け入れられていないようでした。
今回のウサギはアンケートをしていないので、結論だけ〈「暦としては「ウサギ年」ではなく「卯年」と呼ぶのが適切でしょう」〉としたのは、いささか勇み足だったかもしれません。
ただ、問題となったツイートの筆者も言っています。「巳年をヘビ年という人があまりいないといったことも考えると、筋を通すならやはりウサギ年よりは卯年がいいということになるはずでは。もちろん一般の言語使用がそんな筋の通ったものである必要はない、ということは重々承知の上でのことではありますが」
言い換えにくいこともあるけれど
毎日新聞の校閲では、「えとのウサギ」とせず「えとにちなんだウサギ」などと直しています。この認識が少しでも広がってほしいと願います。
とはいえ、動物としてのウサギそのものがクローズアップされるので「今年のえとはウサギ」などと書き出す原稿はよく出てきて、中には直しにくいものもあります。「今年はウサギが主役」と、苦肉の策を提案し採用されたこともありました。
そういう文脈は別として、「ウサギ年」の場合は「卯年」に単純に置き換え可能なことが多いのではないでしょうか。「ウサギ年」が口の端にいくら上ろうとも、やはり私たちとしては「卯年」と書くことを推奨するのです。
【岩佐義樹】