電車に乗っていると乗務員室の中から大きな声が聞こえてくることがあります。「出発進行!」
出発進行――子どもから大人までおなじみの掛け声ですが、改めてその意味を考えることはあまりないのではないでしょうか。「全員集合」とか「全速前進」とかいう号令と似た感じはありますが、「出発して進行せよ」というのは、やや重言のようでもあります。
種明かしをしてしまえば、これは単なる景気づけの掛け声などではもちろんなく、「出発信号機は進行(青)を表示している」ということを声に出して確認する、れっきとした意味のある言葉なのです。
出発信号機は、列車を駅から動かしてよいかを指示する重要な役目をつかさどり、ポイントの切り替えなどが済んで安全に発車できる準備ができるまでは赤信号を表示しています。発車時刻が来て、この信号が青になると「出発(信号機は)、進行(青になったぞ)」と、声に出して確認するのです。ですから、赤信号以外ならば「出発、減速」「出発、注意」での発車もあり得るわけで、「出発、進行」ばかりが発車の合図というわけではありません。
鉄道用語の解説だけで終わってしまうのもどうかと思うので、上に書いたような意味合いが辞書でも分かるものか、試しに調べてみました。
すると、三省堂国語辞典(第7版)に
しゅっぱつ【出発】②[鉄道で]←出発信号機。「―進行[=出発信号機が、進行を示す青になっているとき、運転士が発することば]」
と、あるのが見つかりました。一般向けの国語辞典なのにと少しびっくりしましたが、この辞書、声に出して確認する「喚呼」についても
かんこ【喚呼】鉄道員が、信号などを確認して声に出すこと。例、「出発[=出発信号は]、進行!」。
「!」まで付けて、気合の入った?説明文です。
喚呼については、新明解国語辞典(第7版)にも
かんこ①【喚呼】〔大きな声を出す意〕〔鉄道で〕運転士が信号確認の旨を声に出して言うこと。例、「出発〔=出発信号よし〕、進行」。
とあります。この例文だと「出発」だけで「出発信号よし」の意味だとしており、三省堂国語辞典や、さっきの私の説明とはやや食い違ってきます。しかし、こうした用語には会社や現場の実態に合わせてさまざまなルールがあるので、そういう意味を持たせて運用しているところがあるのかもしれません。
最後に大型辞書の日本国語大辞典(第2版)で古い用例を。
かんこ【喚呼】〔名〕呼ぶこと。大声で言うこと。(略)*駅夫日記(1907)〈白柳秀湖〉四「汽車が着いた。私は駅名喚呼をしなければならぬ」
これは声出し確認ではなくて「アナウンス」のほうですね。といってもマイクなど使わない肉声の「喚呼」。昔の駅の情景が、列車到着時のざわめきとともに浮かんできます。
ありふれた言葉でも、あらためて調べてみるとおもしろい発見がいろいろ出てくるものですね。
【山本武史】