2002年のサッカー・ワールドカップ日韓大会。私は妻とアルゼンチン対ナイジェリア戦を観戦した。当日、鹿島神宮駅で電車を降りると、駅前ではカシマスタジアム行きのバスを待つ人が列を作っていた。私はあまり待つのは嫌だし、天気もいいので歩くことにした。ところがスタジアムは意外に遠い。照り付ける太陽も厳しく、のどはカラカラに。ピストン輸送のバスが次々に私と妻を追い越していく。「なんで私たちだけ歩かなきゃいけないの!疲れた!のど渇いた!」。恐れていた妻の怒りが爆発した。ようやくたどり着いた売店で冷たい飲み物にありつき、妻の怒りは少し和らいだ。歩き疲れたのか、試合が始まると妻はすぐに寝入ってしまった。後で彼女が言うには「ポーン、ポーン」と球を蹴る音がメトロノームのように眠りを誘ったのだとか。
その妻が、今大会は寝入るどころか朝早く起きて日本代表を応援していた。日本以外の試合も見ていたらしく、「ネイマールって、うまいね」「メッシのドリブル、すごい」と感心しきりだ。一方、もっとも私の興味を引いたチームはコスタリカ。優勝経験のあるイタリア、イングランド、ウルグアイと同居した厳しいグループを堂々の首位通過。とにかく彼らの守りは堅かった。守って守って守り抜いて前線の選手が得点してくれるのを待つ。戦った5試合のボール支配率はすべて相手を下回った。PK戦までもつれ込んだ準々決勝のオランダ戦に至っては36%。これってなんだか校閲記者の仕事に似ているかも。校閲記者は降版時間という制約の中で、とにかく間違いのない紙面を作らねばならない。
今回のワールドカップ紙面について言えば、まず原稿の段階で誤字・脱字を直す(コートジボワール代表の「愛称はエレファント=像」→「象」に直す)。内容が事実として正しいか(オランダ・コスタリカ戦「PK5-3」→「PK4-3」に直す)(1950年大会「決勝」→「決勝リーグ最終戦」に直す。この大会は決勝ラウンドもリーグ戦で行われたため正式な決勝はなく、最終戦のブラジル・ウルグアイの試合が事実上の決勝となった)。落とし穴は文字だけではない。同じ「黒・赤・黄」の3色を使ったドイツとベルギーの国旗が入れ替わっているのを直す。組み版の段階で原稿の削り方がおかしくなっているのを直す。守って守って、いや直して直して直し抜いた先に勝利(誤りのない紙面)が待っている。
大会が終わり、熱狂の余韻に浸るべく総集編番組を見ていると、後ろで夕飯の支度をしていた妻が声を上げた。「あっ、この子好き!」。テレビには大会得点王に輝いたコロンビアのハメス・ロドリゲス選手が映っていた。目が肥えてきましたな、奥様。彼はレアル・マドリードに移籍したのでロナルド選手との「イケメン」コンビ誕生です。バルセロナのメッシ選手、ネイマール選手との対決も実現します。でもね、コスタリカみたいに地味だけど味のあるサッカーも観戦の楽しみを広げてくれますよ。
【坂上亘】