もうすぐ「こどもの日」。ショウブの葉を湯船に入れる「菖蒲湯」の風習がありますが、この植物はアヤメともハナショウブとも別のものです。紛らわしい植物の違いを記す過去の記事に加え、最近分かったショウブの新分類についてお伝えします。
もうすぐ「こどもの日」。この日にはショウブの葉を湯船に入れる「菖蒲湯」の風習がある。菖蒲の字はアヤメとも読むが、実はショウブとアヤメは別種の植物でややこしい。またアヤメといえば「いずれアヤメかカキツバタ」ということばがあるように、カキツバタとの違いも見分けにくい。このことばの由来や、昔から混同されてきたアヤメ、カキツバタ、ハナショウブの違いを調べてみた。
目次
「いずれアヤメかカキツバタ」と頼政
「いずれアヤメかカキツバタ」は優劣が付けがたく選択に迷うたとえ。源頼政の詠んだ歌に由来するという。頼政は平家打倒のため挙兵したが敗れた武将。NHK大河ドラマ「平清盛」で宇梶剛士さんが演じたのをご記憶の方も多かろう。
彼が妖怪の「ぬえ」を退治した褒美として、鳥羽院から菖蒲前(あやめのまえ)という美女を賜った。その際、同じような美女12人から当人を当てるよう言われ、歌人でもあった彼は「五月雨に沢辺の真薦(まこも)水越えていずれ菖蒲(あやめ)と引きぞ煩(わずら)う」と詠んだ。そのアヤメにカキツバタも加え、このことばになったのだ。知らなかった……。
アヤメの後にハナショウブが咲く
古くからアヤメ科のハナショウブと混同されたが、ショウブはサトイモ科(追記=最近の分類ではショウブ科)の多年草。「古代中国では菖蒲を服用して仙人になる話があり、不老長生の象徴とされる」(加納喜光「植物の漢字語源辞典」東京堂出版)。魔よけの力があると信じられ、日本で端午の節句に風呂に入れる風習が生まれた。菖蒲湯は「あやめの湯」ともいわれるが、湯に入れる葉はアヤメ科のハナショウブの方ではなくサトイモ科のショウブだ。
ハナショウブとカキツバタの見分け方は難しいが、両者とアヤメとの違いは比較的分かりやすい。まず、アヤメが畑や草原など比較的乾燥した地に生えるのに対し、ハナショウブ、カキツバタは主に湿地に生える。開花はアヤメが最も早く、今時分すでに咲いている所が多い。
実は当方、千葉県香取市の水郷佐原水生植物園(現・水郷佐原あやめパーク)でアヤメが咲いていると知って、5月上旬に同園を訪ねたことがある。しかし、同園の主な呼び物は下旬から咲き出す400種150万本のハナショウブであり、その開花はもう少し先だったのだ。園内に控えめにアヤメは咲いていたが、観光客は少なかった。
同園では2023年5月27日から6月25日まで「あやめ祭り」が開かれる。おや、ハナショウブがメインなのに? 同園によると「この地域では単に『あやめ』といった場合、ハナショウブを指していること、またアヤメもハナショウブもアヤメ科アヤメ属の植物であることなどから、あやめ祭りとしています」。
校閲で改悪の失態も
なお、カキツバタはハナショウブより少し前に開花し、外側の花びらに白い線が入るのが一般的な特徴。杜若、燕子花という漢字を当てるが、ともにその漢名は別種と植物学者の牧野富太郎はいう。「何も日本の名を呼ぶのにワザワザ他国の文字を借り用いる必要は決して無い」(「植物記」ちくま学芸文庫)。なるほど。ということで、見出しの文言は片仮名を用いた。
最後に告白。お恥ずかしいことに「いずれ菖蒲か杜若」を校閲で「いずれショウブかカキツバタ」と改悪してしまうという失態があった。このことばの知識がなかったわけではないが、組織としての緊張感が足りなかったと猛省した。今回の一文は、二度と同じ間違いを繰り返さないという決意のもとに書いたものだ。
【岩佐義樹】
(毎日新聞2014年5月2日「校閲発 春夏秋冬」より)
【追記】
ショウブはサトイモ科と書きましたが、広辞苑7版(2018年)、大辞林4版(2019年)、新明解国語辞典8版(2020年)などでは「ショウブ科(旧サトイモ科)」とあります。最近発行の辞書にはサトイモ科は旧称扱いしているものが増えているのです。ただ、ほぼ同時期刊行の辞書には相変わらずサトイモ科としているものも複数あります。どういうことでしょうか。
これはおそらく、新しい植物の分類である「APG体系」を採用するかどうかという方針の違いに基づくのでしょう。APG体系とは「1990年代にDNA解析による分子系統学に基づいて新たに構築された被子植物の分類体系」(デジタル大辞泉)。ただし横浜国立大学の倉田薫子さんによると、いまだに完成形ではなく順次更新が行われています。(PDF)
採用しなかった辞書は様子見だったのかもしれません。
とはいうものの、国立科学博物館では2012年にAPG体系に基づく展示に変更しているそうです。倉田さんは今後、図鑑でも新しい分類が増えてくるだろうと予想しています。サトイモ科が現時点で間違いとはいえませんが、今後植物の分類を記すときは気をつけなければと思いました。