7月下旬に立て続けに国語辞典にまつわる集まりがありました。筆者がぐずぐずしていてもう4カ月もたってしまいましたが、楽しかったことには違いないのでご紹介します。なぜか朝まで5時間リアル開催されたイベントから。
もう4カ月も前のことになってしまいましたが、7月下旬は国語辞典関係で大わらわでした。
22日、もう日付も変わらんとしている深夜の東京・阿佐ケ谷に人が集まりました。筆者は勤務ではなく、朝から方々に出かけて用事を済ませたのでそれはそれで忙しいまま会場に来たのですが、同僚は午後11時過ぎまでの勤務を終えて駆けつけるという強行軍。23日午前0時スタートで文字通り朝まで5時間という「朝まで“生”辞書部屋チャンネル」に参加するのです。
なぜこんな時間に……同僚は「怖いもの見たさ」で参加したと言います。筆者もよせばいいのに「時間つぶし」に付き合ってくれた人と飲み会をしてから来たもので、寝てしまいそうです。
とはいえ、そこはユーチューブ「辞書部屋チャンネル」の見坊行徳さん、稲川智樹さんの国語辞典トークです。冒頭から引き込まれました。
まずは辞書関係のゲーム。お二人がレギュラーメンバーを務める人気イベント「国語辞典ナイト」では現代国語例解辞典にある類語対比表を使ったゲームがありましたが、今回は小学館日本語新辞典を使います。
現代国語例解辞典の類語対比表が非常に便利なのですが、小学館日本語新辞典は表だけでなく、それぞれの語の違いがわかる解説もついていることを知りませんでした。例えば「大概」「大抵」「大方」「大体」について、文を挙げて使える使えないを示した表と解説があります。職場にあるにもかかわらず、これまで活用できていなかったことを反省しました。
国語辞典ナイトでもそうなのですが、知らなかった辞書や書籍、使い方などを教えてもらえてありがたく思います。
稲川さんのスライドは「【ご報告】マンションを買いました」。
1000冊もの辞書を収めるための書庫をつくりたかったといいます。もともとの間取りから書庫を捻出していく過程を図でわかりやすく(手描き、写真で)説明していきます。壁をぶち抜いて、本棚の置き方も工夫して……「人間の幅は60センチが限界らしいので55センチあればいいだろう」と限界を「攻め」、既製の本棚ではすき間ができるので辞書のサイズに合わせてぴっちり入るように。床を補強することも忘れません。元の家は床がたわんでしまったそうで……。
こうまでしてできた本棚に辞書が詰められていく画像は見ものでした。大量に入りそうなのに、もう9割方埋まってしまったそうで、既に増設を検討中とのこと……。
見坊さんは国語辞典をめぐるこの10年を追っていきます。刊行された辞書はもちろん、イベントや関連図書、出来事……。その中で、後でここにも書きますが、24日の次世代辞書研究会で話題になった「紙の辞書は死んだ」というショッキングな発言が紹介されました。見坊さんは「この10年」を「辞書ブーム」と言われる10年として話していたわけですが、こうした単なるブームと喜んでいられない状況もあるのです。
筆者自身、国語辞典の取材をしたり、国語辞典ナイト(2014年スタート、筆者が見たのは16年1月の第2回から)を見に行ったりするようになったのは10年くらい前からだったように思います。
まだ2時ごろで、時間の半分にもなっていませんが、お二人得意の辞書の引き比べをします。
なぜか「オゴノリ」は広辞苑に「乱れた髪の形をなす」と書かれており、「海藻サラダに用い」の記述には「海藻だったら海藻サラダに使うだろう」と稲川さんの突っ込みが入ります。三省堂国語辞典では最後に「とってそのまま生で食べてはいけない」という注が! 確かに広辞苑の海藻サラダのくだりは「熱湯で鮮緑色となったものを」と書かれていましたが、熱湯を使わずそのまま食べたら、一体どうなってしまうのでしょう……。
「駆け抜ける」も取り上げます。旺文社国語辞典の語釈が「走って通り過ぎる。速い速度で通り抜ける」で、用例に「森の中を駆け抜ける」「時代を駆け抜けた天才詩人」とあり、稲川さんが「時代を走って通り過ぎたんですか?」と突っ込みます。さらに「速い速度で?」と……つまりは語釈が足りないと言いたいわけです。「駆け抜ける」といえば、国立国語研究所の柏野和佳子さんが……と思い出しながら聞いていると、見坊さんが広辞苑の「駆け抜ける」にある「走る」以外の語釈を取り上げ、「確か、これは柏野先生が国語研のオープンハウスだったか……」とつぶやきます。そうです、それです。
このときもお会いしましたね。
広辞苑の「駆け抜ける」は、7版で②の「(感情・感覚などが)瞬間的に心身に行きわたる。はしりぬける」、③の「急いで進む。軽快に生き生きと進む」という語釈が入りました。柏野さんが「痛みが駆け抜ける」「恐怖が駆け抜ける」「全身を駆け抜ける」「駆け抜けるスリル」といった多数の用例を踏まえて書き換えたものでした。
見坊さんが稲川さんに「よくこれ(辞書の面白い語釈などを)見つけましたね」と言い、稲川さんが「通読してますから」と答えます。いや、2人ともそんなに見つけていて……レベルが高すぎます。
辞書を引き比べながら突っ込みを入れるお二人ですが、「非の打ちどころのない辞書はないでしょうか」「それはそれでつまらない……」とのことです。
さて、3時間くらいたったところで「○×クイズ」が始まりました。全員立って、正解すればそのまま、不正解の人が座っていくという方式です。
◇「広辞苑」と「広辞林」、先に生まれたのは広辞苑である→×
◇「特定の相手に深い愛情をいだき、その存在が身近に感じられるときは、他のすべてを犠牲にしても惜しくないほどの満足感・充足感に酔って心が高揚する一方、破局を恐れての不安と焦躁(しょうそう)に駆られる心的状態」は新明解国語辞典の「恋愛」の語釈である→×(これは「恋」の語釈。新明解の「恋愛」はこちら↓)
――あたりはわかったのですが……。
◇大槻文彦が提唱した「辞書が備えるべき五つの要素」は「発音」「語別」「語原(語源)」「語釈」「用例」である→×(用例でなく「出典」)
――は見坊、稲川両氏の著書「辞典語辞典」を読んだときにあったなあ……なんとなく違う文言が入っていたような……と確信なく「×」にしたら正解だったという程度。
◇見坊、稲川両氏らが学生時代につくった「早稲田大辞書」は国立国会図書館だけでなく国立国語研究所にも所蔵されている→○
――なんて知りません。でも、国立国語研究所のオープンハウスで見つけたと聞いたような聞かないような……と「○」にしたら正解でした。
景品は三つあるとのことですが、いつの間にか3人だけになり、なんと、筆者も残っています。その後の問題は3人とも正解ということが続き、最後の問題。
◇「暮しの手帖」で国語辞典比較を企画したのは息子の辞書を読んだことがきっかけ→×
――も何となく違うような……で「×」にしたら正解(めいにプレゼントしようとしたことがきっかけ)。
<「暮しの手帖」事件>
暮しの手帖社が発行する雑誌「暮しの手帖」で1971年に「国語の辞書をテストする」という企画があった。多数の辞書を比較したところ、引き写しとみられる箇所が多数あり、裁縫用語の「まつる」などは語釈がほとんどの辞書で間違っていると指摘された。
というわけで、なんと! 筆者が1位になってしまいました。
景品は見坊さんが「うっかり2冊買ってしまった」という「辞典 新しい日本語」、稲川さんも家に2冊あって版だけでなく刷り数まで同じだったという「角川最新国語辞典」。それに「国語学者 大槻文彦の足跡」という岩手・一関市博物館発行の図録。
1位なので好きなものを選ぶように言われて……迷った揚げ句、職場では買ってもらえないだろうと判断して「大槻文彦の足跡」をいただきました。
最後の質問コーナー。稲川さんに「辞書通読にはどれくらい時間がかかるか」という質問があり、早ければ3カ月くらい、長いときは2年かかったこともあるそうです。最後は「解放された」と言い、見坊さんが「なんでそんな苦行を」。まったくだ。
「おじいさん(三省堂国語辞典初代編集主幹の見坊豪紀)のエピソードは」と聞かれた見坊さんの回答「母が結婚したときに言葉についての質問票を渡されたそうです。(見坊豪紀は)人を用例としか見ていないのではないかと……」でも笑いが起きました。
更に、お二人が出演する「国語辞典ナイト」から。国語辞典ナイトでは毎回スライドを駆使したプレゼンが面白いのですが、スライドが多すぎて速すぎたので改めて見せて解説してくれました。ここで会場に「国語辞典ナイトに10回以上参加した方はいますか?」の問い。筆者は1回目以外すべて参加しており10回は優に超えているのですが、手を挙げそびれ、「あ、さすがにいませんか」となってしまいました。ほかにも手を挙げそびれた方がいたのではないかと思いますが。
筆者にとっても楽しい国語辞典ナイト振り返りでした。国語辞典ナイトでは毎回ゲームをするのですが、オリジナルの「逆からブランチ」などのゲームの名称がパロディーになっていることが説明されました。逆からブランチは辞書一冊あればだれでも楽しめるゲームなので広まってほしいものです。
もう始発が走り出す時間になりました。終わってみればあっという間で、寂しいくらいでしたが、外は爽やかな朝。気持ちよく帰宅しました。
そんな気持ちよかった朝から1日半ほどたった24日晩には、「次世代辞書研究会」の勉強会がありました。こちらは一般に参加者を募るイベントではなく研究会内の会合ですが、今回は三省堂国語辞典編集委員の飯間浩明さんが講演しました。同研究会は辞書にかかわる人たちの意見交換や親睦の集まりです。筆者は新聞社ながら参加しています。
研究会発足のきっかけともなったのが、2016年11月の飯間さんによる「紙の辞書はもう死んだ」発言だったそうです。その危機感で研究会のメンバーたちは意見を交わしてきました。今回の講演は「私たちは辞書ではない“何か”を作らなければならない」がテーマ。挑発的とも言える飯間さんの講演後、参加者は「この先の辞書」を見据えながら「チャットGPTは活用できるか」「検索窓に入力しなくても調べられるようにならないだろうか」「辞書の引き方がわからない人にもつなげられるような……」などと語り合いました。
国語辞典を語る会合はまだありました。続きは㊦で。
【平山泉】