よく知られた話について「逸話」を使うのはどうでしょう。辞書には「あまり知られていない」とあるのですが、容認論もあります。今年はラグビー誕生200年とされるので、その由来話を題材に考えました。
今年はラグビー生誕200年とされます。今さらですが、ラグビーの由来をご存じでしょうか。
「知ってるよ! サッカーの試合中にボールを手に持って走った選手から」
という声が聞こえてきそうですが、正確には「サッカー」ではなく「フットボール」です。サッカーという名称は1823年にはなかったので……それにしてもアソシエーションフットボールassociation football(1863年の協会による名称)がサッカーsoccerと略されたと聞くと「全然違うじゃん」と強引さに驚かされます。
目次
ラグビーの由来は知られざる話なのか
おっと、ラグビーの発祥の話でした。そう、1823年のフットボールの試合で、イギリスの「ラグビー校」のウィリアム・ウェブ・エリスがルールを無視してボールを持ちゴールへ走り出したことが、ラグビーフットボール誕生の瞬間とされています。ラグビーというのは今もあるパブリックスクールの名前であるとともに、イングランド中部の都市の名でもあります。また、エリス少年の行為にちなんでラグビー・ワールドカップの優勝杯は「ウェブ・エリス・カップ」と呼ばれます。
この優勝杯の名称について、つい最近、こんな原稿を見ました。
1823年に英ラグビー校のウィリアム・ウェブ・エリス少年が「フットボールのルールを無視して、ボールを手に持ちゴールへ走り出した」のがラグビーの起源とされる逸話にちなみ、優勝杯の名前となった。
最初読んだとき問題ない文に思えましたが、読み直してふと「逸話」の2文字が気になりました。
「逸話」を広辞苑で引くと「ある人についての、世人にあまり知られていない、興味ある話」などとあります。この文例の場合、
・「ある人についての」――エリスという人についてというよりはラグビーというスポーツについて。
・「世人にあまり知られていない」――どこまで知られているのか確信はありませんが、けっこう有名な話ではないでしょうか。
・「興味ある話」――面白い話ではあります。
と考えると、文句なく語釈に当てはまるのは「興味ある話」だけではないかと思いました。
また、明鏡国語辞典3版には広辞苑と似た語釈の後に「注意」欄で
「有名な逸話」などと言うことが多いが、本来は誤り。
とあります。とすると、そしてラグビー発祥の話が世に知られていると解釈すると、この「逸話」は不適切―――少なくともそう思う人がいる可能性が捨てきれないと思いました。
その理由を説明した上で、この文脈なら「逸話」は「こと」でいいのではと提案し、その通りに直してもらいました。
ニュートンのリンゴを「逸話」とする昔の例も
しかし、その後にインターネットでいろいろ調べると、「有名な逸話」容認論も目にするようになりました。NHK放送文化研究所の「最近気になる報道用語」のサイトで塩田雄大さんは
「逸」には「いい・すぐれた」という意味もあります。「逸材、逸品、秀逸」などがその例です。このような意味で「逸話」を再解釈したのが、近年の「有名な『逸話』」のような用法なのだと思います。つまり、「逸話」を「いい話」という意味で使っているのです。
これは、「逸話」の当初の用法とは異なりますが、「逸」の意味から説明が可能なものとして、現代では認めてもよいのではないでしょうか。
「日本語、どうでしょう」のサイトでも神永暁さんは「『逸話』の意味の範囲が拡大している」として、三省堂国語辞典7版に単なる「興味深いはなし」という語釈が加わっているのを「さすがである」と評価しています。
この「毎日ことばplus」にも寄稿してくださったお二人だからというわけではないのですが、だんだん「そのままでもよかったのか」と自信がなくなってきました。
電子図書館の青空文庫で検索すると、確かに「その人に関する知られざる話」という感じの使い方が多いのですが、寺田寅彦の「知と疑い」という大正時代の随筆には「ガリレー、ニュートンの発見に関する逸話」という例があります。それぞれ振り子の法則をピサの大聖堂で、万有引力の原理をリンゴの落ちることから発見したということで、子供用の伝記などにもある有名な話なので、有名なことに「逸話」を使う例が100年以上前にもあったのです。
逸の字は「枠の外に出る」イメージ
もしかしたら、言葉の意味が拡大したというよりは、よくある辞書の語釈は単に代表的な使い方を示したに過ぎず、それに収まりきらない使い方もずっと昔からあったのかもしれません。
では、「逸」の字はどんな成り立ちなのでしょう。「漢字ときあかし辞典」(円満字二郎著)で「“うさぎ”がすばやく逃げることから、本来は“走り去る”ことを表す」として「ある枠の外に出る/出す」のが基本イメージとしています。その上で、「逸話」は「正式な記録という枠から、もれた話」と記しています。
エリス少年の由来は裏付けが希薄で、事実かどうか確認できないそうなので、正式な記録とはされない話のようです。つまり正式な枠から逸脱しているので「逸話」の語がふさわしいのかと思う一方で、こうも思いました。優勝カップの名の由来を記す文脈は「枠そのもの」ではないか。ならばこの話は外すことができず、枠から逸脱していないので「逸話」の字はふさわしくない――。
ウサギが逸の字の構成要素になっていると知ると、今年がウサギにちなんだえとであるだけに、二兎(にと)を追うように「逸話」は両様の解釈が可能とイメージを追っていきましたが、「一兎をも得ず」という印象を与える文章になったかもしれません。
ただ、印刷された新聞の直しが入った部分(毎日学生新聞11月4日)を読み改めて思いました。やはりここは「逸話」よりも「こと」の方がスッキリするなあ――それが、いつわらざる気持ちです。
【岩佐義樹】