「熱視線」という書き方についてお聞きしました。
目次
「使うべきでない」は2割弱
「○○に熱視線」という書き方、どう感じますか。 |
違和感はない 33.7% |
文中では変だが見出しは許容範囲 48.2% |
違和感があり使うべきではない 18% |
「文中では変だが見出しは許容範囲」という回答が半数近くで、2割弱の「違和感があり使うべきではない」を圧倒しました。つい最近も「世界3位の地熱 熱視線」という見出しが毎日新聞の1面に堂々と載りました。元からある日本語ではありませんが、記事中で使うのも含め、珍しくなくなっています。
データベースで確認できる限りでは、見出しに「熱視線」が初めて登場したのは1990年10月3日です。「ドイツ統一 新たな歴史きょう第一歩 日本企業も“熱視線”」。世界史上極めて重要な転換点の紙面であり、見出しも考え抜いて付けたと思われます。恐らく、「熱い視線」という意味は伝わるし、引用符を付ければ見出しとしては行けると判断されたのでしょう。その後しばらくカギカッコを付けるのが主流でしたが、何もつけずに使うケースも次第に多くなります。
新聞紙上から目を移してみれば、安全地帯の1985年の歌に「熱視線」があります。歌詞は「揺れる瞳に熱い視線つらぬいて」ですが、タイトルでは「い」がありません。少なくとも35年の歴史はあることになります。
小説や辞書にも登場
小説で目に付いたところでは、今年映画が公開された今村夏子さんの「こちらあみ子」(2011年)で「それをあみ子は熱視線だと思ってしまった」と出てきます。
辞書では、さすがというべきか、新語採録に熱心な三省堂国語辞典6版(2008年)で載せました。
ねっしせん[熱視線]〔俗〕熱い視線。「スカウトが―を送る選手」
この〔俗〕の注釈は14年の7版で取れました。つまり俗語扱いがなくなり、22年の8版に引き継がれました。もはや、新しい3文字熟語の地位を確立しつつあるといえるかもしれません。校閲としては「熱視線」を「熱い視線」に直しにくい状況にあるとはいえます。
新3文字熟語に「黒歴史」も
全く違う話ですが、新しい3文字熟語という共通項では「黒歴史」という語があります。これを「黒い歴史」と直すことは校閲としてできません。この言葉も三省堂国語辞典は8版で載せました。
くろれきし[黒歴史]〔俗〕人に知られては〈困る/はずかしい〉、消したい過去。「―が明かされる」〔一九九九年、テレビアニメ「∀(ターンエー)ガンダム」から出たことば〕
「消したい過去」という語釈が振るっていますね。もっとも、「機動戦士ガンダム」シリーズの一つ「∀ガンダム」からと言い切っていますが、その使い方は今と異なっています。「∀ガンダム」の「黒歴史」は文字通り「黒い歴史」あるいは「封印された歴史」のことで(これは語り出すと長くなりますので自粛。興味がある方は「黒歴史」で検索してください)それが個人の触れられたくない過去という意味に変わり、ネットなどで多用されるようになりました。
新聞でも、まだ数は少ないものの外部筆者原稿などで時々見るようになりました。とはいえまだ一般記事の見出しに使われた例はないようです。「熱視線」よりも俗語感が強く新聞では使いにくいためでしょう。
文中で乱用は避けたい
見出しは目を引きやすい、いわゆるキャッチーなものが好まれます。「熱視線」はもはや手あかにまみれた感もありキャッチーとは思いませんが、あえて「ん?」と思わせるような見出しをつけることは読ませる手法として否定されることではないと思います。
とはいえ、「熱視線」という言葉が定着したというのは時期尚早かもしれません。今野真二・清泉女子大学教授が「うつりゆく日本語をよむ」(岩波新書)で書いているように、違和感を示す人もいます。また、今回のアンケートで「文中では変」という回答が多かったように、少なくとも記事中での乱用は避けなければならないと思いました。
(2022年10月20日)
日本語学者の今野真二・清泉女子大学教授は「うつりゆく日本語をよむ」(岩波新書、2021年12月発行)で、新聞で見た言葉についていくつか具体例を示し疑問を記しています。対象は毎日新聞とは別の全国紙ですが、毎日新聞でも頻出する語が多く、人ごとではありません。例えば「熱視線」という見出しです。▲「『熱い視線(を送っている)』ということなのだろうか。そうだとして、それを『熱視線』と省略できるだろうか。ならば『冷たい視線』は『冷視線』ということになる」▲毎日新聞東京本社では、データベースで「熱視線」を検索すると230件以上使われています。今年7月も「日本市場に熱視線」という見出しがありました。同月には見出しに取られていない文中でも「多くのファンが長年熱視線を送ってきた」と出てきました。正直いって私たちは慣れっこになっていますが、読者の皆さんは違和感があるでしょうか。
(2022年10月03日)