並列を表す「…たり(だり)」について、本来反復させるものなので、後ろが落ちて「たり」が一つしかない使い方は誤りでしょうか、というご質問をいただくことがあります。難しい問題ですが、現状を考えてみたいと思います。
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新聞用語集は「省略しない」と明記
まず、手がかりに新聞社、通信社の用語集・ハンドブックのもとになっている新聞協会の用語集を見てみます。「誤りやすい慣用語句」の中に「…たり…たり」という項を立てています。
「飲んだり歌ったり、大いに楽しんでください」のように、動作や状態を列挙する場合、「…たり…たり」で結ぶのが正しい。「飲んだり歌って、大いに楽しんでください」と、2度目以降の「たり」を省略しない。ただし、「飲んだりして、大いに…」のように、動作を一つだけ挙げて例示する用法もある
新聞・通信各社の用語集はこの説明をおおむね踏襲しています。これを読んで、まず語感の問題として「飲んだり歌って」は変だ、と感じられる方は少なくないと思います。問題は「飲んだり」と「歌って」の間にさまざまな節が入り長い文章になったときにこの語感が薄れることです。
省略すると誤解の可能性も
それでも最初の「たり」で並列だと分かるのだから、とか、当然・自明のことは省略していくのが言葉の作用の常であり誤解を生むような実害はないのだから、などと思われる方もおられると思います。そこで、次に毎日新聞用語集をごらんください。「誤りやすい表現・慣用語句」の章に「…たり(だり)」の項があります。
「脅したりすかしたり」のように「たり」を重ねるのが基本形。「遊んだり学ぶのを手助けする」のように後の「たり」がないと、「遊ぶ」と並立させているのが「学ぶ」か「手助けする」か不明確なので、列挙の場合はできるだけ「たり」を繰り返す
毎日用語集には誤解の可能性があることが明示されています。「遊んだり学んだりするのを手助けする」なのか「遊んだり学ぶのを手助けしたりする」なのかが分からなくなるわけです。こと機能の面からすれば、やはり後ろの「たり」を省略しないほうがよいと言えると思います。
単独で「たりする」の用例はある
辞書で「たり」の品詞を確認してみましょう。活用語の連用形につく助詞であることは共通していますが、意味の分類は割れています。複数示しているものをダブルカウントしていますが、手元の辞書では接続助詞とする辞書が六つ、並立助詞とする辞書が五つでした。
そして、協会用語集で「動作を一つだけ挙げて例示する用法」とした、「たり」を一つだけ使う用法の場合は副助詞としていて、八つの辞書が採用していました。多くの類例から典型の一つを取り上げ、その事態の内容的傾向、類似事例の存在を暗示する使い方ですが、この用法は「たり+する」の形になっている点が辞書の用例にほぼ共通しています。
この「たり」の歴史的な成り立ち
日本国語大辞典2版によると、もともとこの助詞の「たり」も完了の助動詞「たり」で、連用中止法の持つ事態を同等に接続する機能からの類推と、「平家物語」など中世の語り物に多い終止形の中止的用法とが作用してできたものだそうです。連用中止法とは連用形でいったん文を切ってさらに続けていく書き方のことです。「部屋で暴れ、物を壊した」の「暴れ」という連用形での切り方がそれに当たります。
日本国語大辞典より |
終止形の中止的用法は「されども味方はおほし、敵はすくなし。矢にもあたらず〜」(平家物語)のように終止形で切る言い方をつなげて反復する用法です。そして「この用法は、極めて近似的な意味の語を列挙(通常二つを並立)することで、類似した事態の継続・反復を強調するものであったが、二つの事態の並立という機能として認識されるようになることで、接続助詞として固まっていった」(日本国語大辞典)ということです。
さらに、「たり」を一つだけ使う用法が派生した要因は「形態的には、19世紀ごろから、前・後件の動詞が『を』格を含む形をとりはじめ、構文が長くなっていくことで並立性が希薄になる場合が生じたこと、意味的には、15世紀ごろより朧化(ろうか=ぼんやりする、曖昧になる)用法の『なんど(〈など〉の前身)』、19世紀にかけては『なにか』等としばしば共起したことによって、その朧化機能が、隣接する『たり』に転位していったことなどが考えられる」(同)ということです。
この成り立ちを見ますと、「並列」から「曖昧な例示」の用法にさらに変化していることが分かります。この両方の意味が混在する現代語ですから、並列なら並列、曖昧な例示なら曖昧な例示とはっきり分かるように「たり」を使っていくべきではないでしょうか。
「遊んだり学ぶのを手助けする」のように並列する事象が書かれているにもかかわらず「…たり…たり」の後ろが落ちる書き方は、「遊んだりして、学ぶのを手助けする」のように全く違う意味の「曖昧な例示」としても解釈でき、並列と曖昧な例示が錯綜してしまい文意が損なわれてしまいます。曖昧な例示をしたい時には「たり」一つの用法を使えばよいですし、例示を並列するときは、やはり、後ろの「たり」を省略することは避けた方がよいでしょう。
【松居秀記】