安倍晋三首相が国会で「そもそも」を辞書で調べると「基本的に」という意味もあると答弁した一件で、そう明記した辞書は見当たらないと記したところ、複数の読者からインターネットの「Weblio類語辞典」に「基本的に」があるという指摘をいただきました。
既に5月のブログでその可能性には言及していましたが、もっと強調しなければなりますまい。「Weblio類語辞典」は「辞書」とはいえないと。
「辞書」という言葉を、政府も参照したという「大辞林」で調べると
多くの言葉や文字を一定の基準によって配列し、その表記法・発音・語源・意味・用法などを記した書物。
とあり「書物」というのは一般的に「紙の本」を指すものです。だから私は30種以上(版の違うものなどを含めると約50冊)の紙の辞書にあたり、「そもそも」に「基本的に」の意味を記したものは見つからなかったことを記したのです。
ただし、紙の辞書の中には「大辞林」「大辞泉」など、ウェブ上でも見られるものがあります。こういうものは書籍の出典がはっきりしており、紙でなくても辞書とみなしてもよいと思います(もっともウェブの記述は書籍版から更新されている場合もあり全く同じではないことに注意を払う必要はあります)。
ではWeblioは? 実はWeblioには「大辞林」第3版も入っているのですが、これはしっかり出典が明記されているのに対し、「Weblio類語辞典」は提供元がWeblioとなっています。市販の類語辞典から提供されたものではなく、独自に作っているのです。その中には、プログラムにより自動的に生成されたものもあるようです。
首相発言についていえば、「そもそも=基本的に」という根拠となったのが「Weblio類語辞典」である可能性は否定できないと思います。しかし初鹿明博衆院議員(民進党)の
安倍総理が調べた「そもそも」の意味として「基本的に」との記載がある辞書の辞書名、出版社名及び出版年を示されたい。
という質問主意書に「Weblio類語辞典である」と政府が答えるわけにいかなかった。さすがにそれくらいの常識はあったようです。だから
例えば、平成十八年に株式会社三省堂が発行した「大辞林(第三版)」には、「そもそも」について、「(物事の)最初。起こり。どだい。」等と記述され、また、この「どだい」について、「物事の基礎。もとい。基本。」等と記述されていると承知している。
と、「どだい」を間に挟んだ非常に苦しい答弁書にならざるをえなかったのではないでしょうか。「例えば」という言葉には「他にもあるのだが、Weblio類語辞典だとはいわない」ということが言外に含まれているのかもしれません。
ですから、辞書に「そもそも=基本的に」との意味があるということの根拠として「Weblio類語辞典」を挙げるのは、政府そのものが認めていないといえるでしょう。
では、単に「紙の辞書ではないから」ということ以上に、「Weblio類語辞典」が信用できないことを表す具体例を挙げます。
「Weblio類語辞典」で調べられる「そもそも」の「意義素」のうち、問題の「基本的に」が入っているグループの例を全て引用しましょう。
根底から ・ 根本から ・ 根元から ・ 根っこから ・ 基礎から ・ 基本から ・ 根源から ・ 骨の髄まで ・ 骨の髄から ・ 土台から ・ 大元から ・ 根っから ・ 根本的に ・ 根源的に ・ 基本的に ・ 心底から ・ 心の底から ・ 本来的に ・ 本質的に ・ そもそも ・ 純粋に
「そもそも」の類義語を調べたいのに「そもそも」そのものが載っていることからしてそもそも変ですが、まあご愛嬌(あいきょう)としておきましょう。校閲としてもっと問題と思うのは「大元から」があることです。
「おおもと」を「大辞林」をはじめ辞書で引くと、ほとんど「大本」となっています。「大元」が誤字であるとまでは断言しませんが、規範的な表記ではないとはいえるでしょう。信頼できる校閲者の目を通していたら、必ずチェックが入ったと思います。
もちろん、紙の辞書でも誤字はあるし、逆にネットの類語辞典の効用がないともいいません。かくいう私も何度か「Weblio類語辞典」にはお世話になっています。しかし、「Weblio類語辞典」にあるから「そもそも」の意味に「基本的に」が辞書にあると主張するのは、ネットの使い方を誤っているのではないでしょうか。
ちなみに、今年3月にはネットの百科事典「ウィキペディア」を引用して質問主意書を出した国会議員がいたそうです。ウィキペディアも役に立つことが多いのですが、毎日新聞校閲ではその記述のみを根拠に原稿に疑義を呈することはなるべく控え、複数の資料を示すようにしています。ネット情報は厳密なチェックを経ているとは限らないからです。先の質問主意書に関しても、書籍の資料ではなくウィキペディアを引用したことに永田町では驚きの声があがったと報じられています。
国会議員も一般の方々も、ネット情報を妄信せず、きちんとしたチェックを経た情報をもとに議論してほしいと思います。
【岩佐義樹】