by ひでわく
「さっきからどうも『禅』の字がふんどし(褌)に見える」。くだけた酒の席で同僚が、品書きにかかれた店名のロゴを指さしてポツリ。私も同感でした。そして、もし「単」の部分を旧字体(單)のようにデザインしたらもっと似るかも……などと考えるうち、数年前に「単(單)」をつくりに持つ字で大失敗したことを思い出しました。
毎日新聞の購読者向け月刊誌「毎日夫人」のあるページで、飛騨高山、飛騨路など何カ所も出てくる「騨」が、見出しも地図も全て「彈」(弾の旧字)と弓へんで印刷された、悪夢のような出来事。実は「騨」は、新聞紙面などで用いる印刷標準字体の「馬へんに單」に対し俗字とされるものです(情報端末で正しく表示できないことがあるため、やむなく当欄では見出しを含め俗字を用いました)。馬へんのまま「単」の部分が「單」になるよう直しを出したのですが、最終チェックで字の右肩しか目に入らなかったというわけです。
読者から指摘を受けた当時の編集長に見解を聞かれ、弓へんと馬へんの違いを見逃した負い目もありますから、完全な誤りだと慌てて答えた私。あとで落ち着いて地名事典をひくと、おもしろいことがわかりました。「ひだ」を表す岐阜県北部の国名は、他にも斐陀、卑田、飛駄などいくつもの漢字表記が古い文献にみられ、「飛弾」も鎌倉時代の伊呂波字類抄という辞書に登場するのです。地名の世界は奥深い! もちろん、「だから弾(彈)でも正しかった」と言いたいのではありません。
反省は続きます。冒頭の酒席から帰宅後、禅を旧字にしたら「禪」と、へんの形も異なることに気づきました。これではふんどしから少し遠くなりますね。落ち着いてよく確認しないと冗談も成り立ちません。本当に幾重にも痛感したのでした。
【宮城理志】