2016年、石原さとみさんが主演するドラマ「地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子」(日本テレビ系)が始まり、内外から「校閲」が注目されることとなりました。毎日新聞の校閲記者はどう感じているのか、女性の若手3人に聞いてみました。
【聞き手は毎日新聞東京本社情報編成総センター校閲グループデスク・平山泉】
目次
この仕事を始めて感じたのは
――このドラマを見て、最も違うのは主人公が不本意に校閲部に配属されたのに対して、皆さんは志望して校閲記者になったというところだと思いました。けれど、皆さんも入社当初、実際に配属されてみて意外に思うこともあったのではありませんか。
斎藤美紅(2012年入社、趣味はネイル):思っていたより調べ物が多かったですね。もっと言葉にフォーカスして仕事するのだと思っていました。
谷井美月(16年入社、趣味は美術館・博物館巡り):私ももう少し日本語の表現に踏み込んで直しをすると思っていました。あと、想像以上に慌ただしかったですね。
塩川まりこ(13年入社、趣味はカラオケ):思っていたより人と話をする機会が多いことに驚きました。ひたすら1人で目の前の原稿に集中して作業するイメージを漠然と持っていたのですが、他の人との意見交換が重要なんだなと。
今考えると当たり前のことなんですが、部の先輩や上司とはもちろん、原稿を書いた側とのやり取りも欠かせませんよね。個人プレーでは務まらない仕事です。
校閲に向いている人って?
――主人公は校閲にいるのが嫌だと言うのに、部長さんは「向いている」と言いますね。
谷井:記憶力がすごくてうらやましいです。私はリオデジャネイロ五輪のときに、原稿を読んで事実確認をすることで、選手の背景や競技についての知識が増えたのですが、1カ月ほどで細かいところはほとんど忘れてしまいました。
斎藤:それから、事実がわかるまで調べなければ気がすまないというところも向いている要素ですよね。
塩川:そうですね。ただ、これは平山デスクの受け売りでもあるのですが、校閲の仕事に向き不向きというものはないのでは。
歴史や社会情勢に関する知識が豊富だったり、流行に敏感だったり、ささいな言い回しへの違和感が鋭かったり、記憶力があったり、調べ物が得意だったり、語学力があったり……というのはもちろん役に立つ能力だけれども、だからといって「向いている」決め手になるかといえば、そうとは限らない気がします。
やれば誰にでもできる仕事だと思いますし、結局はやるかやらないか、好きかどうかに尽きるみたいな。と言って、特にとりえもないのに校閲を仕事にしている自分を正当化しているわけですけど……。
調べたい、という気持ち
――調べるにしても、ドラマでは主人公が原稿の場面を確かめるために職場を飛び出して現地に向かうシーンもありましたね。出版と新聞の違いはあるにしろ、私たちは見に行くわけにいきませんよね。
斎藤:はい。普段は確かめに出かけるなどできませんが、締め切りが当日でなく先の原稿を読んでいたときには、たまたま家の近くの本屋さんが登場したので見に行きました。間取りが気になったのですがネットではわからなかったので。それで誤りが見つかったわけではありませんが、自分の目で確認できてほっとしました。
斎藤美紅記者
――アクティブですね。限界もありますが、事実確認を面倒がるようでは校閲は務まりません。
谷井:調べること自体は好きなので面倒くさいと思ったことはないですね。でも、時間に追われてプレッシャーがあるときはくじけそうになります。時間に余裕があると、宝探しのような感覚になることもあります。
斎藤:調べてもすぐに出てこなくて、でもきっとどこかにデータがあると思われる数字が原稿に出てくると面倒だなと思ってしまいます。それに、海外サイトの内容を訳したものが引用してあると検索しづらくて……。
「無駄になる」のを恐れずに
――若手の皆さんは海外サイトも果敢に検索していて感心します。基本的に私はアナログで……でも先日は古い「人事興信録」で、ある非上場企業の元役員の生年月日がわかりました。これはネットでは難しいですよね。
斎藤:人事興信録は使ったことがありませんでした。そういえば、ドラマのタイトルに「地味にスゴイ」とありますが、先輩方の仕事ぶりを見てるとすごいなって思うことが多々あります。どっから調べてきたんだろう……って。
職場の使い込まれた人事興信録
――へえ、どんなことが?
斎藤:例えば……あるとき、1944年に書かれたノートについての原稿中「赤や青のボールペンで線を引いてある」というくだりがありました。私は何の疑問も持たないのですが、「このころ日本にボールペンはなかったのではないか」と先輩が指摘したんです。百科事典の「日本へは第二次世界大戦後、紹介された」というコピーを示して……。
――それはすごい。調べる以前に気づくところがまた鋭い感覚ですね。でも若手の皆さん、面倒であっても、結果的に誤りが見つからなくても、地道に調べて確認しています。ドラマでも「無駄なこと」に誇りをもって仕事をする姿が描かれていましたね。
斎藤:あのシーンはうれしかったですよね。書籍は原稿が入らなくて削られることはあまりないかもしれませんが、新聞紙面の場合、いっぱい調べて確認したところが削られることも多いんです。無駄になったと思うこともありますが、それが校閲だよねと。
谷井:そうですね。「無駄」かどうかはひととおり確認が終わってからでないと言えないと思っています。たとえ誤りが何もなくても「無駄だったなあ」というよりは、「何もなさそうでとりあえず安心」という感じです。どうしても調べがつかないこともあるので、そういう時はいつも後ろ髪を引かれる思いで帰宅します。
失敗もあるけれど
――ドラマでは主人公が本の見出しで誤りを見逃し、校閲部の皆がシール貼りを手伝う場面がありました。「大きい文字ほど気がつかないんですよね」「自分の目が信じられなくなるんです」「この仕事してて一度もミスしたことない人なんていないよ」……と一人一人言いながら新人のフォローをする様に感動しました。
さて、失敗した経験や、だれかにフォローしてもらった経験はありますか。
斎藤:何度もありますが、最近では元首相の名前に致命的な漢字の誤りがあって、でも直前に出た原稿が多すぎて手が回らなくて……近くにいた先輩がたまたま読んでいて直してくれました。感謝してもしきれません。
谷井:一時期、自分が担当した面で「訂正」が続いてしまって落ち込んでいたとき、先輩方から「私もそういう間違いあったよ」とか、「こうしたら防げるかも」とか、気持ちの切り替え方とか、さまざまなアドバイスをもらいました。そのおかげで、仕事に対して前向きになれた気がします。
谷井美月記者
プライベートでも校閲しちゃう?
――ところで普段、街中で看板やポスターなどの表記に間違いを見つけたらどうしますか。赤ペンで直してしまったり……。
谷井:さすがに外で赤ペンは……。あいにく私は赤ペンを持ち歩いていないので、誤字脱字があるポスターなどを見かけたら写真を撮るようにしています。もちろん「直したい!」とは思いますが、本職の延長だとしても、言い出せないものですね。
斎藤:オフはオフですから、街中で違うなあと気づいても、そのままスルーします。友達が一緒にいれば見て見て、と言うこともありますけどね。
塩川:そうそう、友達と一緒にいるときに見つけたらつい話題にしたくなります。それより多いのが、自分で送ったメールなどに誤字があったことに後から気づいて頭を抱えるというもの。「さっきのは間違いでした……」とわざわざ白状してしまったりします。大抵気にしているのは私だけなんですけど(笑い)。
塩川まりこ記者
ドラマと違う? おしゃれ事情
――校閲記者は内勤だから、おしゃれは気にしない?
斎藤:普段はそんなに気にしないんですけど、たまに「女子力」が足りていないなと思って突然おしゃれして会社に来たりします。でも、コピーのトナーや赤ペンで汚れるので白い服は着ていかないようにしています。
塩川:そんな斎藤さんを、おしゃれだなと思ってあこがれてます。私はおしゃれより動きやすさ重視で職場に来ることが多いです……。結構走り回るのでスニーカーとか。女子力とは……。
――谷井さんは全く気にしない?
谷井:多少は気にしているつもりなんですが……(笑い)。TPOを考えるような仕事というわけでもないので、基本的にはその日に自分が着たい服を着て会社に来ますね。
――おしゃれをするにしても、この職場は朝刊作業で夜勤がほとんどですよね。昼間に出かけて深夜に帰宅したり泊まり勤務があったり……。ドラマの主人公のように……。
斎藤、塩川、谷井:出会いがあってうらやましいです!!(笑い)
校閲って楽しい!って思ってほしい
――最後に、ドラマは最終回を残すのみとなりました。どんな期待を持って見ますか?
斎藤:原作の方ではもう決着がついていますが、「悦子に『校閲って楽しい!』と思って終わってもらいたい!」と期待しています。
谷井:それに、視聴者の方々も「校閲ってなんかいいな、楽しそうだな」と思えるような、ハッピーな感じで締めくくってもらえればありがたいですね。
塩川:(うなずきながら)ドラマのおかげで校閲という職業の認知度が上がり、自分の仕事について知り合いに説明しやすくなったり、関心を持ってもらえたりしたのがうれしかったです。
何気なく手に取る本や新聞の印刷された文字の向こう側に、大勢の人の見えない物語があることを、見終えた人が少しだけ想像してみたくなるような、心に残るラストがいいなと思います。
本当は……読者にその存在を感じさせない方が、校閲としては成功なのだと思いますけれど。
(おわり)