毎日新聞「日曜くらぶ」の連載「天地(あめつち)の味」では、地域に根ざした食材、料理、それらにまつわる習慣などが紹介されています。しかし、なかには季節と結びついていて、いつでも出合えるわけではなく、紙面に載る時期と、記者が取材したり写真を撮ったりする時期では、製作の都合上、ずれが生じてしまうことがあります。記事に「もうちょっとあとに来れば食べられたのにねえ」とあるなら、それがちょうど新聞に載る頃に旬を迎えて、読者が「よし、じゃあ食べに行ってみようか」となっていいのですが、逆に「今年はもう今出てるのが最後ですよ」だったら、また来年のお楽しみ……ということに。でも、おいしいものって、売り切れだったりお店が定休日だったり、最初に不幸な出合い方をしたときのほうが、案外強く心に焼き付いたりもしますから、一概にどっちがいいともいえませんよね。
そんな具合に、季節の微妙なずれというのは、実は新聞の上ではよくあることで、例えば、投稿の短歌や俳句作品に表れた季節と、それが選者に選ばれて載る時の季節が違ったり、連載小説では物語の展開に従って、現実の季節とは別の速度で四季が移り変わったりします。ちなみに現在連載中の「アトミック・ボックス」はヒロインが2013年初夏を駆け、「神秘」は主人公が2011年秋に末期がんを病んでいます。「近未来」と「震災の年」の現実とは異なる季節、はたまた投稿作品の過ぎた季節の言葉を校閲しながら、いまの季節とゆきつもどりつしていると、なんだか本当の季節がよそごとに思えたりも。
3月。「引っ越しシーズン」という言葉も出てくる。引っ越しシーズンって、今時だっけ……うん、年度替わりだから……でも、ひっかかりをおぼえてしまう。新年度を前に、転勤や就職が集中するため「引っ越しの繁忙シーズン」とはいえるかもしれないが、けっして「引っ越ししやすいシーズン」とはいえない。それを一律に「引っ越しシーズン」というのはどうか……。紙面に氾濫するいくつもの季節に惑わされず、正しく季節の言葉を掬(すく)いたいですね。
【坂本猛】