「毎日ことば」のアンケートが始まってからようやく1年。手探りで進めてまいりましたが、皆さんのご協力のお陰で続けることができました。当方が仕事中に感じた疑問を出発点にしていることも多く、回答に力づけられたり「えーっ」と思ったり。勉強の機会をいただくと同時に、楽しませてもいただいております。今回は、回答の集計をまとめた後になお感じたことや、事情が変わったことについて、2018年を振り返ります。
目次
目にしなくなった「マジ卍」
1年は決して長い期間ではありませんが、この間にあまり目にしなくなった言葉もあります。アンケートで伺った「マジ卍」もその一つ。
話題の「マジ卍」。使いますか? 使い方は分かりますか? |
使い方は分かるし、使う 3.2% |
使い方はよく分からないが、使う 5.4% |
使い方は分かるが、使わない 21.6% |
使い方はよく分からないし、使わない 69.9% |
(2018年01月22日)
「マジ卍」が話題になったのは、三省堂の辞書編集者による2017年「今年の新語」で「選外」ながらも取り上げられたから。とはいえ「意味がはっきりせず辞書に載せようがない」と言われたように、何となく使われる語でもあり、内輪での使用を超えて広がりを持つのは難しい面があるかもしれません。この質問を伺った時点で身近な中学生男子に「マジ卍って使う?」と聞いたところ「もう終わったんじゃない」とあっさり言われてしまった、というのは出題者の内輪話ですが。
ちなみにツイッターなどではまだ見かける語であり、消え去ったわけではありません。そういえば「マジ卍」と同時に選外とされた言葉に「プレミアムフライデー」がありましたが、これはまだ使われているのでしょうか。
「耳触り」 誤用から独立した言葉へ
以前は誤用とされてきた表記や言葉の定着の進み具合についても伺いました。たとえば「耳ざわり」について。
「耳ざわりがよい」という表現、どう感じますか? |
「耳障り」なのでおかしい 68.4% |
「耳触り」なので問題ない 31.6% |
(2018年04月30日)
18年1月に出た広辞苑7版が「耳触り」を見出し語に採用したことから気になった言葉です。アンケートの結果ではまだ7割の人が「耳ざわり=耳障り」と考えており、「耳触り」に飛びつく必要はなさそうです。ただし、「耳触り」を「聞いた時の感じ」(大辞林3版)として採録している辞書はもはや多数派と言ってよく、かつて誤用とされた表記が、別語として独立していく様子がうかがえます。
市民権を獲得しそうな「真逆」
よく見かける一方で嫌う人も多い、正反対を意味する「真逆(まぎゃく)」。使いますか? |
使う。定着した。 44.4% |
使うが、定着したとは言えない。 11.3% |
使わないが、定着はした。 33.1% |
使わない。定着したとは言えない。 11.1% |
(2018年10月18日)
誤用とはまた別の話になりますが、嫌う人も少なくない「真逆」。「まさか」と読まれることもあるため「正反対」を使え、という意見が根強くあり、新聞社にもしばしば寄せられるのですが、アンケートの結果は上の通り。自分が使うか否かにかかわらず8割近くの人が定着を認めており、そろそろ市民権を獲得しそうな気配です。比較的新しい言葉としては「立ち上げる」も、アンケートの結果では使用の広がりを認めることができました。こうした言葉についても、新聞として何らかの対応が必要になると考えます。
「スケボー」と「スノボ」が同居
ほかに印象深かった質問にこんなものも。
スポーツのスケートボード、略すなら… |
スケボ 15.7% |
スケボー 84.3% |
(2018年09月20日)
何が印象深かったといって、この質問はほかの質問に比べて回答数がひどく少なかったのでした。新聞では見出しなどで略語をひねり出す必要に迫られる場合もありますが、現実にそうしたことがなければ、言葉の略し方などはあまり興味を引かない分野なのかもしれません。「スノーボード」はスノボと略すのに、スケートボードは「スケボー」になる、というのは新聞製作上は割と厄介な問題で、現実に下のような紙面が出現することにもなりました。
「スノボ」と「スケボー」が見出しで同居しています。別の言葉なので問題ない、とは言えるものの……。考えてみればスノーボードとスケートボードの両方に取り組む選手というのはいかにもあり得る話でした。こうした場合に何かよい考えはないものでしょうか。まあ、見出しも「スノーボード」「スケートボード」と書けば済む、という考え方はありそうです。
「しょうがいしゃ」表記には動きも
よく問題になるものとして伺った「しょうがいしゃ」の表記についてはその後、国会で動きがありました。
パラリンピック開幕。「しょうがいしゃ」スポーツの祭典ですが、どの表記を使いますか? |
障害者 31.1% |
障がい者 43.4% |
障碍者 10.8% |
表記にはこだわらない 14.7% |
(2018年03月09日)
アンケートでは交ぜ書き派が4割で最多だったのですが、交ぜ書き自体に抵抗感を抱く人も少なからずおり、結論を出しにくい問題です。「障害」の「害」の字に対する抵抗感が根強い一方で「障」の字も「障り」という意味があり、「害」だけの表記を変えるというのも間に合わせの印象はぬぐえません。
パラリンピックも閉幕した後の5月30日、国会で「障碍」という表記を可能にするようにという決議がありました。衆院文部科学委員会における「スポーツへの障害者の参加の更なる促進のため『障害』の『害』の表記について検討を求むるの件」というものです。内容は、政府に対して「碍」の字を常用漢字に追加するか否かも含め、障害者が表記を選べるように検討を求めるとしています。6月中には参院文教科学委員会でも同様の決議がされました。
ただ、2010年に常用漢字表を改定するに当たっての文化審議会国語分科会の議論でも、「障害」より「障碍」を取るべき事情はあるのかについて、突っ込んだ議論がなされたようです。文化庁のウェブサイトで議事録や資料を見ることができますが、当用漢字表以前においても「障碍」が「障害」に比べてよく使われていたという事実はないし、「障碍(礙)」は明治期にはまだ「しょうげ」と読まれることも多く、これには「たたり」のような意味もある。現代においても「障害」より「障碍」を優先する特段の事情はない、ということになります。
国会での決議に対し、国語分科会は「常用漢字に無いからといって『障碍』という表記が使えないわけではない」という考え方をまとめています。使いたければ使えばいい、というのは責任放棄のようでもありますが、結局のところ問題の本質は表記にあるわけではないだろう、というのが「考え方」の要点のようです。いまこれを書く出題者も障害者の一人として、表記をいじることが何事かの解決になるとは思えません。あえて表現を変えるというならば表記にとどまらず、痴呆症を認知症に改めたように、完全に違う言葉を用意するほかないのではないでしょうか。
昨年の質問から幾つか拾い上げて振り返ってみましたが、皆さんの回答は大切なデータとして受け取らせていただいております。また、ツイッターでのご意見など、出題者がSNSに不慣れなせいもあってお答えできないことが多いのですが、ありがたく読ませていただいております。今後ともアンケートへのご協力をよろしくお願い申し上げます。