何かを始める意味の「手をつける」の表記について伺いました。
目次
「手を着ける」が半数に迫る
仕事などに取りかかる意味の「手をつける」。どう書きますか? |
手を付ける 11.9% |
手を着ける 47.4% |
手をつける 40.7% |
「着手」という熟語にひかれたためか、「手を着ける」が最多で半分近くを占めました。仮名書きがそれに続き4割程度。「付ける」とした人は1割強という結果でしたが、毎日新聞など複数の新聞社・通信社は「手を付ける」を表記のルールとして採用しています。「手付け」や「手付かず」のような表記も見ると、「着手」だから「着ける」とは言い切れない印象を持ちます。
新聞・通信社の表記は…
「手をつける」という言葉について、新聞・通信7社の用語集はそれぞれルールを設けています。用例を見ていくと――
・毎日:改革に手を付ける
・読売:食事に手を付ける、課題に手を着ける
・朝日:仕事・食事に手を付ける
・産経:手を付ける
・日経:食事に手を付ける、仕事に手を着ける
・共同:食事に手を付ける、仕事に手を付ける
・時事:食事に手を付ける、仕事に手を着ける
毎日と産経以外の5社は「手をつける」の二つの用法について例を挙げています。一つは「料理などを消費する」(大辞泉2版)意味。もう一つが今回のアンケートで伺った「着手する。仕事などを始める」(同)という意味です。
前者の意味では記載のある全社が「手を付ける」でまとまっています。しかし、「始める」意味では「手を付ける」が4社、「手を着ける」が3社と見解が割れています。各社が用語集を作るに当たって参考にする、日本新聞協会の「新聞用語集」が「手をつける」の用例を載せていないことも、社によって表記がばらつく一因になっているようです。
国語辞典は「手を付ける」が主流
国語辞典はどうかというと、ほとんどの辞書は「手を付ける」を採用しており、三省堂国語辞典(7版)が「手を〈付ける/着ける〉」としているのが目立つ程度。説明として「着手する」という言葉を使っている辞書が少なくないにもかかわらず、です。
もっとも、辞書では基本的に、食事の場合の「手をつける」も、始める意味の「手をつける」も同じ項目で説明しています。「食事に手を着ける」は見かけない表記ですから、たとえ「着手」の意味を含むとしても、「手を付ける」の方が全体として妥当性が高いと考えているのでしょう。
一般的に使える「付ける」
円満字二郎さんの「漢字の使い分けときあかし辞典」(研究社)は「つく/つける」の項目で、「着く」について「身にまとう」「届く」「ある地点で止まる」という3種類の意味に仕分けします。それに沿うと「『着手』とは“これまで手が届かなかったことに手が届く”という意味合いから、“仕事などを始める”ことを表す」とのこと。そして「手をつける」については以下のように述べています。
「仕事に手を着ける」「仕事が手に着かない」「普通の人なら見逃す点に目を着ける」などでは、《着》を使っても、間違いではない。しかし、“仕事に手を加える”“目を離さないようにする”という意味合いで、《付》を用いて「仕事に手を付ける」「仕事が手に付かない」「普通の人なら見逃す点に目を付ける」とする方が、一般的である。
いずれの表記にせよ間違いではないが、「付」の方が一般的という指摘です。そもそも「つける」の漢字表記で最も用法の広いのが「付ける」です。「手をつける」の場合も、始める意味に限って「手を着ける」とすることは可能ではありますが、たとえば「昨日始めた仕事に今日は手をつけなかった」という場合には「着」か「付」か。こうした面倒を避けるために「付」を使うことにしておく、というのは一法だろうと思います。
使いやすいのは「付ける」か仮名書き
アンケートの結果では仮名書きの「手をつける」が4割を占めていました。そもそも訓読みの語ですから、細かな使い分けを意識するより平仮名を使うというのも良い考えだと思います。漢字を使う場合には、「着手」の意味を特に強調したい場合には「手を着ける」もありだろうかとも思われますが、書き分けの煩雑さを考慮すると「手を付ける」の方が使いやすいのではないかと考えます。
(2020年05月12日)
「つける」の表記に関する質問です。物事に取りかかる意味で「着手」と言うことがある一方で、売買契約の手始めには「手付け」の金銭を支払うことがあります。こうした言葉に対応する「手をつける」という表現ですが、漢字を使うならどう書くのがよいでしょうか。
先日は「マスクをつける」「人工呼吸器をつける」はどう書くかを伺いました。また以前には「知識を身につける」という場合にはどう書くかも伺っています。「つける」は使い道の広い言葉である分、書き分けに悩む場面が多いのです。
毎日新聞用語集の「つく・つける」の項目には「改革に手を付ける」という用例が出ているので、出題者としては「手を付ける」という表記を選ばなければなりません。ただ一方で「手を着ける」という表記もよく見かけます。
1972年の国語審議会漢字分科会「『異字同訓』の漢字の用法」には「仕事に手を着ける」という例が載っていましたが、2014年の文化審議会国語分科会による「『異字同訓』の漢字の使い分け例」には載っていません。この間に「手を着ける」はなじまない書き方と判断されるに至ったのでしょうか。
(2020年04月23日)