仕事中にしばしば出合う、表記に迷う言葉や気になる表現。それらにどう対応するか、マスコミ各社の用語担当者が参加する日本新聞協会用語懇談会に報告された2019年秋のアンケート(関西地区新聞用語懇談会で毎日新聞大阪本社が幹事社として主導)からまとめた最終回です。
これらの扱いは用語基準としては決められていないものも多く、回答は各社の公式見解ではないものもありますが、校閲記者ら各社の用語担当がどのように考えるか、その傾向はうかがえます。
回答したのは17社(全国紙・通信社6、スポーツ紙1、テレビ局5、地方紙5)の用語担当者。原則として話し言葉や寄稿文、引用などの場合は除く。
目次
京都の住所表記「上ル」「下ル」「入ル」
ある 5社 |
ない 11社 |
京都独特の住所の表記については、送り仮名が平仮名、片仮名両様あるためアンケートをとった。決まりがあると答えた社では片仮名がやや多かったが、平仮名とした社で「のぼる」「くだる」と区別するため「上がる」「下がる」とすることを取り決めている社もあった。
会議後、委員の一人が京都市に問い合わせたところ、戦後国から片仮名の住所を平仮名にするよう指導があり、1956年から公的書類の表記は平仮名送りにしているとのことだった。「上る」「下る」は送り仮名をつけるが「入」は入れない、また「寺町通」なども「通り」とはせず「通」とすることなども合わせて申し合わせたようだ。
片仮名も慣用として通用し、間違いというわけではないが、市の方針からいえば今後は減っていく表記であると予想される。
「延長十二回を投げ抜く」
一回から十二回まで投げたケース。各イニング=漢数字、イニング総数=洋数字としている場合、上の書き方では延長十二回の1イニングだけを指してしまうが、洋数字に直すと延長に入ってから12回ということになる
直す 10社 |
場合による 2社 |
直さない 3社 |
新聞社には上記のように「各イニングは漢数字、イニング総数は洋数字」と取り決めている社が多い。毎日新聞も同様だが、例文のようなケースに長年悩んでいる。「延長○回の試合」などという場合は「延長○回まで行われた試合」と解釈して漢数字にすることが多く、であれば例文のケースも漢数字ということになるが、原則から言えば「延長十二回の1イニングだけを投げ抜いた」ことにもなる。
洋数字、漢数字の使い分けをしていない社も多いことを承知でアンケートをとったため、回答結果は「両方洋数字と規定しているので直す」という社を含んでいる。このため数字自体はあまり参考にはできないが、直す例に「延長十二回までを」「12回を(延長と書かなくても延長していることはわかる)」「12イニングを」などが並び、こういう場合はどちらと決めるのではなく、言い回しで工夫する社が多い印象を受けた。
「漢数字でも『投げ抜いた』とあれば1イニングだと思う人はいない」「洋数字でも延長してから12回と解釈する人は少ないだろう」といった意見の通り、どちらで書いても誤読の可能性は少ない。ただだからといって「原則から外れている」「日本語の構造的にどうか」という検討もおろそかにはできない。
「快復」
「回復」が一般的だが「快復」で構わないか
直す 16社 |
場合による 1社 |
直さない 0社 |
見事に「直す」に回答が集中した。「直す」と答えなかったのは「場合による」とした毎日だけである。これには理由があり、毎日の用語集には「恢復」は「回復」とする取り決めはあるが、「快復」については書かれていない。「快復」とはあまり書かれてこないが、書かれてきた場合直す根拠がなく直しづらいため、今回のアンケートに採用し、他社の状況を聞いてみた。各社とも「回復」に統一する、あるいは「快復」を使う場合の取り決めがあるようで、用語集で規定しているとの回答も多かった。
辞書では「かいふく」について「元通りになる」「病気、けががよくなる」「取り返す」の意味を挙げ、このうち「病気、けががよくなる」について「快復」としている。「回復」「快復」を別項目として扱うかは辞書による。用語集で規定している社では、快復を「全快、全治」の意味として限定的に運用しているところもあるようだ。
各社が言い換えているため、「快復」は今後ますますなじみのない語になっていくと予想され、そうなれば「快復」を使う場合は「あえてこの語を使う理由」がより必要になってくるのではないだろうか。
種目名「ヴァー」
ある 0社 |
ない 17社 |
パラリンピックのカヌーは2016年リオデジャネイロ大会で正式競技となったが、東京大会から「ヴァー」種目が加わる。新聞、テレビは基本的に「ヴ」は使わず、バ行音に言い換えるが、2019年10月時点では各社とも対応は未定だった。
東京パラリンピックのサイトの英語版を見ると、つづりは「Va’a」。タヒチ語のようでタヒチ観光局サイトのタヒチ語紹介ページにも「ヴァア」として載っている。
日本語としての固有名詞の場合はヴを使う場合もあり、「大会組織委員会が『ヴァー』としているなら固有名詞的にとらえることもあるのではないか」との声もあったが、基本的には各社のほとんどが、外国の音や文字を日本の音に置き換える考え方で、バ行で表記したいと考えているようだった。