「目途」を「めど」と読むか「もくと」と読むか伺いました。
目次
「めど」と読む人が大多数
「年内を目途に目標を達成します」。「目途」はどう読みますか? |
めど 74.5% |
もくと 11.7% |
どちらでもよい 13.8% |
「めど」派が4分の3と圧倒的でした。「どちらでもよい」という方を含めても「もくと」と読む方は4分の1。当て字とされる方の読み方が支持を得る結果となりました。うすうす感じてはいましたが、やはり「もくと」とは読んでもらえていないようです。
漢字表からは「もくと」のみだが…
国の常用漢字表では「目」の音読みは「モク、ボク」、訓読みは「め、ま」。「途」は音読みの「ト」のみが挙げられています。それならば「め」と「ト」を組み合わせて後ろを濁らせたら「めど」と読めるのではないか――とも考えてしまいます。しかし文化庁「言葉に関する問答集17」(1991年)は、数ある「○途」という熟語のうち「~ど」と読むものは「先途」「冥途」のみだとした上で次のように説明しています。
先途・冥途の場合に「途」を「ド」と使うことは、どちらも字音で読む熟語であり、「途」は連濁して読む習慣になっている語である。しかし、「目途」を「メド」と読む場合は、湯桶(ゆとう)読みとなり、これはそのような読みくせが認められていない以上、不適当であろう。
ということで「問答集」は、「目途」を「めど」と読むのは「常用漢字表の音訓欄に掲げてある音訓による使い方からは外れているとみるべきであろう」と結論付けています。また、多くの辞書で優勢な「めど」の表記は「目処」ですが、常用漢字表では「処」の読み方は「ショ」のみであるため、こちらを使うこともできません。そのため新聞は「めど」については平仮名で書いているわけです。
「めど」は占いの道具に由来
ところで「めど」の語源としては、ハギの仲間の植物「蓍(めど)」(メドハギ)だとする説が有力です。この蓍の茎で占いに使う棒「めどき(漢字では蓍もしくは筮)」を作り、それでもって何かを推測し、あたりをつけるというのが「めど」に通じるわけです。
17世紀の「日葡辞書」では「めどをとる」という言葉について「占星術者が重んずるある判断の点あるいは線を観察しながら、迷信的な儀式によって各人の生命または出来事を見る、あるいは推測する」と説明されているそうです(日本国語大辞典2版)。
そういえば新聞制作では校閲作業にどれくらい時間がかかるか編集者からめどを尋ねられ、根拠のない返事をすることも多いのですが、元々が非科学的な占いだとすれば、めどがずれても仕方ない……なんてのは言い訳にならないでしょうか。
対して政治家の演説・発言では「もくと」と読んでいることが多い気がします。あてにならない占いみたいな「めど」とは違うぞ、と強調しているわけではないでしょうが。安倍晋三首相も2017年の施政方針演説で、福島の復興に触れ「帰還困難区域でも、復興拠点を設け、5年を目途(もくと)に避難指示解除を目指し……」と述べていました。
「もくと」にこそルビが必要か
いずれにせよアンケートの結果からは、「もくと」と言われて理解するのに時間がかかるという人も多そう。そして目で「目途」と見たら「めど」と読む人が多そう。常用漢字表内の表記・読みだから分かりやすいというわけではなく、むしろ同表の枠内の読み方である「もくと」にこそルビを振った方がいいのではないかと考えてしまいました。
(2019年05月28日)
日常で使うのは圧倒的に「めど」が多いでしょうが、「もくと」という読み方もあります。集英社国語辞典3版の「もくと」の項目には「(文章)めあて。目標。めど」とありました。改まった場面で使う文章語ですが、「めど」と同様の意味で用いて問題ないということです。
対して同辞典で「めど」を引いてみると、漢字は「目処」のみが当てられていました。岩波国語辞典7新版には「『もくと』の『目途』を書くのは当て字」とあります。
そういったわけで、新聞では「もくと」という読みであれば「目途」の表記でよいのですが、「めど」と読む場合は仮名書きにするというルールがあります。多くの場合「もくと」のような堅苦しい言い方をする必要が無い文脈であるため「めど」に直すのですが、改まった言葉遣いをする政治家の発言などでは「もくと」という発音に従い「目途」と漢字にすることもしばしばです。
ただ、こう書いたとしても読者の多くは「めど」と読んでいるのではなかろうか、漢字とかなの使い分けは意味をなしているのか……ということで伺ってみることにしました。
(2019年05月09日)