首相が靖国神社「を」遥拝か、「に」遥拝か。ある有名人「に」役職「を」委嘱するのは助詞の取り違いなのか。地形が自然「と」できるVS自然「に」できる――微妙な平仮名1字について「どっちだ?」と悩みつつ判断する3件です。

目次
助詞はどっち? どっちでもよい?
助詞、特に「に」と「を」は本当に紛らわしいですね。最近のニュースでは、高市早苗首相の靖国神社「遥拝(ようはい)」がありましたが、次のどちらを選びますか。
靖国神社を遥拝した
靖国神社に遥拝した
そもそも「遥(はる)か」という字を書くのに目と鼻の先にある日本武道館の駐車場から拝むことを「遥拝」といえるのかという疑問もありますが、それはおいて、「を」か「に」かに絞って考えましょう。
「拝む」だと「神社を拝む」が自然でしょうね。「に」だと「神社に行って拝む」となりそうです。ところが「参拝」だと「神社に参拝」「神社を参拝」ともに使われています。おそらく「参る」に「行く」という意味があるので、「参」に主眼があると「に参拝」となり、「拝」に主眼があると「を参拝」になるのではないでしょうか。
つまり超党派の議員連盟「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」は拝むことより神社に行くことに主眼があるような。まあそれはともかく。
「に遥拝」だと「参る」の部分がないので「を拝む」と同じく「神社を遥拝」となるのが正しそうです。「に」だと「靖国神社の方向に遥拝」「靖国神社に向かって遥拝」など何かが入るべきだと思うのです。
でも、では「神社に遥拝」は間違いかといわれると、ちょっと自信がなくなります。「に」自体が方向性を感じさせる助詞なので、「方向」などの言葉がなくても成立する、という考え方もあるかもしれません。
例えば「空に誓う」とかいう場合、「空に向かって何かを誓う」という「向かって」が略されているのですが、特に違和感がないのではないでしょうか。
しかし「てにをは辞典」(三省堂)で「遥拝」に続く言葉をみると「宮城を」「皇居を」「東方を」であり「に」はありませんでした。だからといって「に」が間違いという確信は持てないけれど、私のもとに来た原稿に「神社に遥拝する」があればやはり「に」と「を」をはかりにかけた上で「を」に直す、あるいは直す方向で疑問を出すだろうと思います。
サポーター「に」委嘱? しまった! でも…
さて、毎日新聞では「毎日ことば」という小欄で、漢字の読み方や文章のどこを直すべきかを問うクイズを出題しています。出題・解説を担当するのは毎日新聞校閲センターです。
校閲者が書くものなら間違いがないかというと、決してそんなことはありません。だから「校閲なら間違えないだろう」という先入観など抱かずチェックは第三者の目で厳しくチェックしている――はずです。
しかし、たまに読者の指摘で「取り返しのつかないことをしてしまった」とぼうぜんとすることがあります。
7月31日の紙面で「委嘱 読み方は…」のお題を出しました。正解は「いしょく」で、解説は以下の通りです。
外部の人に仕事を頼んで任せること。夏休みの旅行や出張で海外に行く日本人への危険情報通知サービス登録増を目指し、外務省はお笑い芸人の「とにかく明るい安村」さんら3人を「たびレジサポーターズ」に委嘱しました。
この後の方の「を」と「に」は逆ではないかと指摘されたのです。
語釈に書いたように、委嘱とは外部の人「に」仕事「を」頼んで任せること。ならば
外務省はお笑い芸人の「とにかく明るい安村」さんら3人に「たびレジサポーターズ」を委嘱しました。
となるべきではないかという指摘です。
しまった! うかつだった! 頭が半分真っ白になりました。しかし一方で待てよ、と頭のもう半分で考えます。私だけではなく数人の同僚が見て違和感を誰も覚えなかったようです。数人で見逃しをすることもないことはないのですが、もしかしたらこの助詞は必ずしも不適切とはいえないのでは?
実際の使用例を調べますと、毎日新聞のこれまでの記事や、役所の公式サイトなどでは、辞書的な使い方から外れる助詞の例がいくつか見つかります。例えば
適正利用推進員の募集を行い、新たに4名を委嘱しました。
ある省のホームページから抜き出しましたが、この「4名を」は「4名に」の間違いといえるでしょうか。
ある芸能人など「を」観光大使など「に」委嘱する――などの形も無視できないほどよく出てきます。これらをすべて間違いと断定するのはためらわれます。
「委嘱」の状況変化が助詞に反映?

2025年7月29日毎日新聞群馬版より
記事データベースで検索するかぎり、「委嘱」は主に行政側が使う語のようです。中でも多いのは、芸能人など有名人を使うースです。「委嘱」というのは本当に行政がその仕事をゆだねているのではなく、単に一時的な広告塔として使っているのではないでしょうか。実態的には、行政としては芸能人など「を」使ってアピールすることが狙いであり、仕事を本気で有名人「に」任せているのではないということです。
観光大使、一日駅長など新聞などでよく使われる「委嘱」は、辞書的な本来の「外部の有識者に役所の審議会の委員を任せる」という使い方からは違ってきているという現実があります。その本来の定義と実態とのずれが助詞に、はしなくも表れるのかもしれません。書き手としては「委嘱」という行政用語を残しつつ、無意識にでも有名人「を」広告塔「に」仕立てるという文脈として書き、校閲としても違和感なく通してしまうといえないでしょうか。
つまり、助詞の誤りというよりは「委嘱」の使い方が広がっていることが助詞の変化を生んでいると考えると、誤りとは見なしにくい気がします。
もっとも、規範的な日本語とも言いにくいので、なにやら見苦しく言い訳を考えているようにも取られるかもしれません。ただ、助詞の使い方はなかなか教科書通りいかないグレーゾーンが必ずあるということはいえると思います。
「地形が自然とできた」は自然な表現?
もう一つ、「に」と「と」のグレーゾーンを見てみましょう。
地形のすべてが自然とできた
この「と」に違和感はないでしょうか。私はある外部ライターの原稿でひっかかりを覚えました。「自然にできた」とする方が、それこそ自然な表現に思えたのです。
しかし文法的には「自然」は「に」にも「と」にも続くことができ、決して間違いとはいえません。これを「なんとなく『自然に』の方がよさそう」という感覚だけで直していいのだろうか、なにか「自然と」と「自然に」の違いを説明するような記述はないだろうか――と辞書を数種引いて、とりあえず見つけたのは岩波国語辞典です。
▽「自然」「に」の語義からして「――に」が普通だが、「――と」の形も、考えてみればそれが自然の成行きだがのような気持で、使われる。
一瞬光明が見えたような気がしましたが、よく考えれば分からないような……。地形の場合、自然そのものなので「自然と」でいいってこと? でも、この「自然」って「おのずから」のことだよね。それに「考えてみれば……だが」の「だが」ってどういうこと?と、かえって疑問は膨らみます。

そこで毎日新聞のデータベースで「自然とでき」のワードで検索してみます。地域面などを除く東京本社発行紙面で43件。意外に少ないですね。「自然にでき」は203件です。内容をみると「自然とでき」はすべて何かの技術など人の営為について用いられているようです。「自然にでき」もそのケースがほとんどなのですが、「水場は、元々はコケの層が厚くなって自然にできたもの」「自然にできたとは考えにくい鉄さびがある」など人為ではない自然について用いられるケースが散見されます。
それだけでは直す絶対的な理由付けにはなりにくいなと思いつつ、私は「と」を「に?」と疑問を入れました。「もちろん『自然とできる』でも間違いではありませんが、何かの技術が繰り返しで『自然とできるようになる』などの使い方が多いので」という理由を添えて。――結果、筆者の了解を得て、その通りに直りました。
新聞のニュース記事では、どちらも間違いではない細かいことについてこれだけ考えたり迷ったりする時間はなかなかないでしょう。ただ、時間があるときにこういう調べや検討などを繰り返すことで、時間がないときでもより適切な判断をすることができるのではないでしょうか。
【岩佐義樹】
