JR別府駅から亀の井バスに乗って西北へ20分。湯けむりがあちこちで上がる鉄輪に着く。てつりん? てつわ? いいえ、これで「かんなわ」と読む。地元の人に聞いても「当て字じゃろ」との返答。そこで別府市役所温泉課を訪ねると、主任の水流(つる)研一さんが黄ばんだ「別府温泉史」(別府市観光協会編著、1963年)を開いてくれた。そこに、いわれの記述がある。
「豊後国風土記によると河直山とある鉄輪も、鎌倉時代に編まれた『豊後国図田帳』には鶴見加納となっている。つまり火男火売(ほのおほのめ)神社の御神領地であった鶴見十五町に、新たに加わった新規開墾地と思われる。方二キロにわたり白煙もうもうと立ちこめる荒蕪(こうぶ)地であった鉄輪の地は、農耕地としては比較的に開発がおくれたのであろう。加納が鉄輪に変わったのはいつのことかわからないが、おそらく時宗系の湯聖たちが、仏教的な解釈のもとにこのように置きかえたものと思われる」
「河直」あるいは「加納」が転化したとすれば、「鉄輪」を正しく読むのは難しい。バス停だけでなく各所で「かんなわ」のルビが付されているのもうなずける。温泉が至る所にあるから、ここに住めば内風呂はいらない。鉄輪旅館組合によると、場所によって多少異なるが、1人月800円、2人で月1200円、家族3人以上でも月1500円といった廉価で毎日温泉に入れるのだから。
隣接する明礬(みょうばん)地区と合わせた年間宿泊者は60万人を超えるという。その一人となって、ゆったり岩風呂を独占していると、家を出がけに妻が漏らした一言がよみがえる。「いいわねえ」。ここで湯冷めしては、いかんわな……。お土産を多めに買って帰ることにしよう。大分名物、だんご汁も味わい、思い残すことはない1泊の旅だった。
【林田英明】