
野球用語の独特な表現について伺いました。
目次
「気にならない」が4分の3占める
| 野球で使われる「死球」「刺殺」のような言葉。気になりますか? |
| 気になる 11.5% |
| 用語自体は気にならないが、「刺す」「殺す」などと言うのは気になる 14.2% |
| 気にならない 74.2% |
野球用語として使われる「死球」「刺殺」のような言葉について気になるかどうか伺ったところ、「気にならない」とした人が最多で4分の3を占め、問題視しない人が多数派でした。ここでは野球用語の歴史を振り返るとともに、これらの用語についての議論をどう見るべきかを考えました。
移入初期から使われた「死ぬ」「殺す」
「死」「殺」「刺」のような文字が日本野球の初期から使われてきたということは確かです。ここではまずそうした用語の起こりを振り返ってみたいと思います。
野球好きだった明治期の俳人、正岡子規に「ベースボール」(1896年)というエッセーがあります。
○ベースボールの勝負 攻者(防禦者の敵)は一人ずつ本基(ホームベース)より発して各基ベースを通過し再び本基に帰るを務めとす、かくして帰りたる者を廻了(ホームイン)という。[……]走者(ラナー)(通過しつつある者)ある事情のもとに通過の権利を失うを除外(アウト)という。(普通に殺されるという)
アウトには「除外」という、元の単語の意味に近い言葉を当てていますが、アウトになることについては(普通に殺されるという)と補足し、実際にプレーする場合にどのように言われていたかを伝えています。
「野球」の名付け親として知られる中馬庚による、日本初とされる野球の解説書「野球」(1897年)でも
満身ノ力加ヘテ受けテノ前面一間半乃至三間の所ニ投セヨ反跳シテ受ケ易キ球トナリテ敵ヲ殺スコト屡々ナルベシ
送球の際にワンバウンドにした方が相手をアウトにしやすくなるという説明ですが、「敵ヲ殺ス」と明記しています。また
Outハ打手及ヒ走者ノ走者タルノ権ヲ失フヲ云ヘルモノニシテ上来生捕又ハ死す等トアルハ皆ヲ指スナリ
ともあり、同書でここまで(上来)「生捕(いけどり)」「死す」などと書いてきたものはアウトのことだと説明しています。野球において、移入当初から「殺す」「死ぬ」といった言葉が使われていたことがうかがえます。
putoutとしての「刺殺」
個別の語を見ると、「死球」については誤解から生まれたとする見方があります。Ball Deadはボールがインプレーでなくなり、プレーが停止する状態を指し、投手の投げたボールが打者に当たることは英語でHit by Pitch(HBP)といいます。何らかの誤解があって、HBPについて「死球」の語が当てられたとされますが、本来の意味としては、「dead」になるのはプレーヤーではなくボールの方になります。
中馬庚「野球」には「死球」の語は見られず「Dead Ball」として記載されています。直木松太郎編の「現行野球規則」(1910年)では、現在と同様の意味を持つ「死球Dead Ball」の項目に続けて「試合停止球」(Ball Not In Play)の項目があり、死球はその一つに挙げられています。「インプレーでない球」としてはこちらの方が「死球」と訳されるべきだったのでしょうけれども、何か混同があったのかもしれません。

「刺殺」はどうでしょうか。直木編「現行野球規則」では「刺殺」の表記に「アウト」の振り仮名を付けて使っています。「試合記録(スコアリング)に関する規則(ルールス)」の「守備(フィールディング)に関する記録(レコード)要項」では、「刺殺とは敵をアウトに至らしむる最後の守備を完うしたる動作を云ふと同時に其守備動作をなしたる野手の受くべき守備成績評語なり」と記します。
また、横井春野「標準野球規則解説」(1924年)では、記録に関する規則の中、守備に関する記録の項目の「註」で「刺殺」の説明として「ぷつとあふと」の振り仮名を使っています。英語のputout は今も記録の際には「PO」として使われるものです。同書での説明自体は直木編「現行野球規則」とほぼ同じで、用法の揺れはありません。
これらから「刺殺」は主に記録用語として使われるようになったことがわかりますが、なぜ「刺」の字が使われるようになったかは分かりませんでした。補殺(Assist、例えば三塁ゴロで打者を一塁でアウトにする場合、送球した三塁手に「補殺」が記録される)に対応する語として直接的にアウトにする場合、「殺す」につながる「刺す」が連想されたのかなどと考えますが、想像の域を出ません。
問題は言葉の「使い方」か
「死」「殺」「刺」などが日本野球の初期から使われていたことを見てきました。物騒な印象はありますが、たとえアウトになって「殺された」としても、そのイニングが終われば何事もなかったように守備に就き、打順が回ってくればまた打席に立つわけです。現代の目から見ると、生死を巡る比喩として捉えることもできそうです。字面が物騒だといってもゲームの中限りの話であって、恐ろしい意味を持つものではないというのは明らかだと思います。
ただし、例えばサッカーでは「自殺点」が「オウンゴール」に変更されたり、「サドンデス」が「Vゴール」「ゴールデンゴール」と呼ばれるようになったりした例もあります。競技に関する用語については、十分な議論や合意に基づいた変更があり得るというのも、当然のことと考えます。また「死球」のように、元になった言葉と意味が食い違うものを変更するということもあり得るでしょう。
今回のアンケートでは、4分の3近くが用語について「気にならない」と回答しました。多くの人は野球に限られた言葉として、問題を感じていないとみることができます。一方、気になるとした人の中では、用語自体よりも、「刺す」「殺す」と口にすることが気になるという回答が若干多くなりました。宮城県高野連の問題提起では、「刺せ」「殺せ」といった声が試合中に出ることも問題視されています。

あえて言えば、どのような言葉も場面やトーンによっては攻撃的な色合いを帯びます。今回の問題提起を、個々の野球用語を残すか変えるかだけでなく、試合中の掛け声や相手への言葉を含めた、球場全体の言葉の使い方を考える機会にできれば、より意味のある議論になるのではないでしょうか。
(2026年08月11日)
「刺」「殺」「死」「盗」「犠」といった文字を含む野球用語について、宮城県高野連が別の語への言い換えを検討する方針を示したことが一部で話題になりました。「刺殺」「補殺」「死球」「盗塁」「犠打」といったものが挙げられます。
宮城県の高校がこれらの語について問題提起したことをブロック紙が報道しており、日本新聞協会の用語懇談会でも取り組みが紹介されました。出題者にとっては特に気になる言葉ではありませんでしたが、物騒な文字が使われているのは確かです。ただし、この場合の用語はあくまでゲームの中で使われる決まり事です。たとえ「死」や「殺」といった文字が使われていても、それが現実の生死に関わるわけではありません。
一方で「刺せ」「殺せ」といった掛け声が試合中に飛ぶこともあるという点も問題視されたようです。それは指導の問題の可能性もありますが……。宮城県高野連の動きについては「言葉狩り」ではないかと反発する人もいるようですが、ここはあまり構えずに考えてみたいと思います。皆さんはどう感じるでしょうか。
(2026年07月28日)
